第39話 旅立ち
「マコト様、お肉が焼けました。どうぞお召し上がりください」
「ん、ありがとうヴィオラ」
ヴィオラが獣肉の串焼きを、俺の口元に運ぶ。
串焼き肉は香ばしく狐色に焼き上がり、焦げ目が視覚に訴えかけて食欲を刺激する。
俺は何も言わず、ヴィオラの手から直接それを口にする。
美味い。ハーブと香辛料が肉の臭みを消し、野趣と調和した絶品だ。
「すっかりこの生活にも慣れたな……」
森の中、穏やか昼下がりの日光を浴びながら、俺はふとつぶやく。
あの死闘から数ヶ月が過ぎていた。
俺たちは今、帝国領を抜け、大陸西方の未開地帯を旅している。
ヴィオラの豪華な家具や調度品の数々はあの時すべて燃えてしまったので、今は完全なサバイバル生活だ。
だが、彼女はその超人的身体能力と技能で、俺の生活環境をゼロから整えてくれる。
原生林の中から一瞬で食用の野草や香辛料を見分け、襲い来る獣をナイフ一本で仕留めては、完璧な血抜きと解体までこなしてみせるのだ。
自然を利用したものなので、前までの快適さは無いが、不自由はしていない。
むしろ、アウトドアを満喫しているかのようで、楽しさすら感じている。
前の世界では、こういったものに縁も興味も無かったが、不便さも生活のスパイスになるのだと知ることができた。
ヴィオラの過保護なまでの献身っぷりはあれから変わらない、いやそれ以上だ。
彼女はまさに、己が主人の『片腕』たらんと誇示するかのように、常に俺の左隣に侍るようになった。
食事の際も、俺が何かを手に取ろうとする時も、必ずヴィオラは先回りして俺の片腕として動こうとする。
最初は母親にあやされる赤子のようなもどかしさを感じていたが、俺は甘んじてそれを受け入れることにした。
この献身が、彼女の心に深く突き刺さった棘の痛みを少しでも紛らわせることに繋がるなら、と。
「マコト様、本日の夕食のご希望はありますか?」
「そうだなあ。久しぶりに魚とか食いたいかな」
「かしこまりました! では本日は、腕によりをかけて最高の魚料理を振る舞わせて頂きます!」
ヴィオラの瞳に熱意がみなぎる。
そんな彼女の姿を見て、俺は思わず笑みをこぼす。
「……? マコト様? どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもないよ、ヴィオラ……」
俺はふと、今までの出来事を思い返していた。
前の世界で凍死し、この世界に来て一年近くが経とうとしている。
王国では騎士団を鏖殺し、魔術師の英雄を返り討ちにした。
共和国では白金級冒険者を再起不能にし、聖女の心身を粉々に破壊した。
帝国では皇帝を激怒させ、追ってきた帝国の武人と復讐に燃える魔女を、文字通り肉片へと変えた。
我ながら、無茶苦茶だ。
俺たちの足跡は、常に誰かの血で濡れていた。
だが、そんな罪深い日々の中で唯一変わらなかったのは、変わらないでいてくれたのは、ヴィオラだけだった。
彼女だけが、世界全てを敵に回そうとも俺の味方でいてくれる。俺のすべてを肯定してくれる。
その事実に、どれほど俺は救われてきたことか。
俺は生まれて初めて、神とやらに感謝した。
あの時聞こえた声の主──俺の願いを形にしてくれた、未知の存在。
そして、その願いの結晶は今、串焼きを頬張り汚れた俺の口元を、甲斐甲斐しく拭ってくれている。
彼女が俺に触れる度に、左腕の断面を膜のように覆う『闇』が共鳴する。
共鳴は、甘美な痺れとなって背筋を駆け上がる。
それが、俺たちの消えない絆を再確認する儀式になっていた。
この闇が、俺の心臓を動かし、生かしているのだ。
たとえ世界中が、俺たちを怪物と罵ろうとも構わない。
俺たちは地獄の果てまで一緒だ。
「さて、腹も膨れた。食糧と水も確保した。行こうか、ヴィオラ」
「はい、マコト様──」
俺が立ち上がると、左隣にヴィオラがくっつく。
風に揺れる左の袖口からは、薄い黒い靄が漏れ出している。
闇がドクンと脈打ち、彼女の存在に応える。
そして、二人並んで歩き始める。
この旅の行き先は、誰も知らない。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
マコトとヴィオラの旅はこれからも続きますが、物語はここで一旦完結させて頂きます。
いつかまた、新しい2人の旅を書きたいと思います。




