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第33話 立ちはだかる壁

 ヴァルザード帝国の帝都、王城。


 薄暗い謁見の間。


 分厚いカーテンが日差しを遮断し、空気は澱んでいる。


 その最奥。


 俺たちより数段高い場所で男が――ヴァルザード帝国皇帝、アルベルト・ジュリアス・フォン・グランツが、周囲のすべてを見下すようにふんぞり返っていた。


 彼が腰かけているのは、悪趣味に見えるほど豪奢で、巨大な玉座。


 色とりどりの宝石が埋め込まれた絢爛豪華な玉座は、目を凝らすと心臓の鼓動のように脈打っているのが分かる。


 ドクン、ドクン


 不気味な鼓動音が鳴り続けている。


 趣味の悪い椅子だ。


 俺は内心で吐き捨てる。


 座り心地よりも、他者を威圧することを優先した権威の象徴だな。


 アルベルトが両手を広げ、高らかに口を開く。


「ようこそ、聖女を打ち倒した英雄たちよ。貴様らに、余の覇道の末席に加わる栄誉を与えよう」


 自信と傲慢さに満ちた、朗々とした声が響く。


 世界征服。


 大陸統一。


 アルベルトは俺たちなど意に介さず、一人でべらべらと妄言を垂れ流している。


 並べられる言葉は勇ましいが、俺の心には何一つ響かない。


 俺はヴィオラに視線を流す。


 彼女が小さく頷く。


「余と共に世界を――」


「断る」


 俺は皇帝の言葉を遮った。


「行くぞ、ヴィオラ」


 そのまま、何も言わず踵を返す。


 背後で、皇帝が息を呑む音が聞こえた。


「待てッ!!」


 アルベルトの絶叫が空気を震わせる。


「貴様、この場で私に逆らって生きて帰れるとでも……!」


 彼は玉座の肘掛けを強く握りしめた。


 ドクンッ!!


 それが、一際大きく脈打つ。


「平伏せ! この『征服者の玉座』の前に!」


 彼の周囲から、禍々しいオーラが溢れ出した。


 それは瞬く間に広がり、部屋全体を飲み込む。


 重い。


 空気が鉛に変わったかのような圧力だ。


 ガシャッ、ガシャガシャンッ!


 周囲にいた近衛兵たちが、抵抗むなしく次々と膝をつき、床に這いつくばる。


 彼らの意思ではない。


 皇帝の腰掛ける椅子――伝説級アーティファクト『征服者の玉座』の力で、強制的に身体が地に縫い付けられているのだ。


 だが。


 俺はポケットに手を入れたまま、涼しい顔で立っていた。


 ヴィオラも同様だ。


 俺の傍らで平然としている。


 不可視の絶対防御スキルが俺たちを守っている。


 ヴィオラの【魔力障壁ヴォイド・オーラ】だ。


「な、なぜだ……!?」


 アルベルトの声が裏返る。


「なぜ這いつくばらぬ! これは国宝だぞ! 絶対服従の力だぞ!」


「……ただの不快なガラクタですね」


 ヴィオラが冷淡に呟く。


「悪いな」


 俺は肩をすくめ、皇帝に言い放つ。


「交渉決裂だ」


 その瞬間、ヴィオラが振り返る。


 スカートが翻り、優雅な円を描く。


 それは、舞踏のように洗練された動作だった。


 彼女はそのまま、軽く右腕を振るう。


 裏拳。


 標的は俺たちのいる部屋の、分厚い石壁だ。


 そこを、ドアをノックするかのように叩く。


 ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!!


 鼓膜を震わせる轟音。


 城が揺れる。


 石壁が、まるで焼き菓子のように粉砕された。


 瓦礫が飛び散り、部屋に光が差し込み、外気が流れ込む。


 まるで至近距離から大砲を打ち込んだかのように、壁には巨大な穴が出現していた。


 その衝撃で、部屋を満たしていたオーラは霧散した。


「ひっ!?」


 玉座の上で、アルベルトが情けなく腰を抜かす。


 威厳の崩壊。


「マコト様、騒音を発生させてしまい申し訳ありませんでした」


 ヴィオラは涼しい顔で一礼し、謝罪する。


「空気が悪かったので、換気のために穴を開けさせていただきました」


 「ご苦労、ヴィオラ」


 俺たちはそこから、悠々と外へ出た。


 背後で、柱の影にいたガルノフが額を押さえて呟いているのが見えた。


「あーあ……いわんこっちゃねぇ……」


「追えぇぇぇッ!! 殺せ! あの愚か者どもを挽き肉にしろォォッ!!」


 半狂乱になった皇帝の絶叫が、虚しく響いた。


 ◇


 城内に警報の鐘の音が鳴り響く。


 回廊を埋め尽くす近衛兵たち。


 武器を構え、殺到してくる。


 だが、俺は意に介さない。


 ポケットに手を突っ込み、あくびを噛み殺しながら、ただ歩く。


 コツ、コツ、コツ


 俺の足音だけが、一定のリズムで響く。


 対照的に、周囲では破壊音が乱舞していた。


 ドカッ! バキッ! ゴッ!


 俺の半径一メートル以内に踏み込んだ兵士たちが、見えない壁に弾かれ、吹き飛ぶ。


 ピンボールのように宙を舞い、壁に激突し、天井にめり込む。


 誰も俺に触れられない。


 指一本届かない。


 ヴィオラは俺の半歩後ろを歩いている。


 飛んでくる矢。


 放たれる攻撃魔法。


 振りかざされる剣。


 突き立てられる槍。


 その一切が無力化され、弾かれ、視界から消えていく。


「騒々しいな」


 俺は顔をしかめる。


「散歩の邪魔だ」


 必死なのは帝国だけだ。


 俺たちはただ、歩いているだけ。


 それが、兵士たちには悪魔の行軍に見えているのだろう。


 彼らの目に浮かぶ色は、敵意から恐怖へと変わっていた。


 ◇


 悠々と歩きながら城を出ると、目の前に城門が見えた。


 出口だ。


 だが、その瞬間。


 上空から巨大な影が降ってきた。


 ズドオオオオオンッ!!!!!


 地面が陥没し、砂煙が舞う。


 その中から、赤毛の巨獣が立ち上がった。


 ガルノフだ。


 彼の背後には、数百の重装歩兵と魔導師部隊が展開している。


 完全な包囲網。


「逃さんぞ、賊どもォ!!」


 ガルノフが吠える。


 空気がビリビリと震えるほどの、凄まじい闘気。


 その瞳からは、先日の騎士然とした武人の面影は感じられない。


 ただ己の職務を全うせんとする、感情なき兵士の目だ。


 獰猛で冷徹な獣の眼光が俺を見据える。


「陛下を侮辱し兵に手を出したその罪、万死に値する!」


 ガルノフが叫ぶ。


 俺は足を止めた。


 背筋に冷たいものが走る。


 あの時逃げた臆病者とは別人の、圧倒的な殺気。


「……チッ」


 不快感から舌を鳴らす。


「最後の最後で、面倒なのが出てきたな」

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