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第30話 聖女の残骸

 雨はとうに止んでいた。


 先ほどまで死闘を繰り広げていた中庭は、血と泥の混ざった沼地と化している。


 その中心で、テレシアは天を見上げ倒れていた。


 口の端からゴボッと血の泡が吹き出る。


 全身が鉛のように重い。


 指一本動かせない。


  ガッ ガッ ガッ


 突如、重い足音が近づいてきた。


 はねた泥水がテレシアの顔にかかる。


「ユースティア殿!」


 男が駆け寄ってきた。


 共和国の紋章をつけた、評議会直属の部隊だ。


 男は満身創痍のテレシアを一瞥すると、彼女の身体を無造作に跨いだ。


 そして、地面に散らばった煌めく破片の前で、膝をつく。


「なんということだ……!」


 男の声が震える。


「国宝が粉々ではないか!」


 男は部下に命じ、上質な厚手の布を持ってこさせた。


 そして、砕け散った聖盾と聖剣の欠片を、震える手で拾い上げる。


 まるで赤子でも扱うような優しい手つきだ。


「全て拾い集めろ! 欠片一つ残すなよ!」


 直属部隊の部下たちが群がる。


 泥を払い、丁寧に、慎重に破片を集めていく。


 そうして、ようやく、隊長がテレシアへ意識を向けた。


「ユースティア殿。まだ息はありますか?」


 冷たい声だ。


 壊れた備品の動作を確認するかのような声色。


「あなたには報告義務があります。この前代未聞の大惨事のね⋯⋯」


 部下たちが担架を持ってくる。


 彼らは乱暴な手つきでテレシアを担架に乗せる。


 全身に激痛が走るが、うめき声すら出せない。


 テレシアの視界の端。


 国宝の破片が納められた箱が、恭しく運ばれていくのが見えた。


 自分の存在は、あれ以下なのだ。


 彼女はおぼろげな意識の中で、それを悟った。


  ◇


 担架が運ばれていく。


 鼻をつく焦げ臭さ。


 屋敷の焼け跡からは、まだ煙が上がっている。


 部下の一人が、小声で現場指揮官に耳打ちした。


「報告します。焼け跡から生存者を発見しました」


「ほう?」


「多数の少女です。四肢を切断されていますが、まだ息があります。至急、医療班を……」


「馬鹿者が」


 指揮官が吐き捨てるように遮る。


「予算の無駄だ」


「は?」


「ザガン殿はお亡くなりになられたが、名誉は守らねばならん。こんなスキャンダルが表に出れば、評議会の威信に関わる」


 指揮官は葉巻に火をつけた。


 煙を吐き出し、焼け跡を顎でしゃくる。


「生存者はいなかった。そうだろ?」


「し、しかし……」


 指揮官の目が細められる。


「全ては侵入者の犯行だ。奴らがザガン殿や兵士たち、果ては罪なき少女すらも虐殺し、屋敷に火を放った。……それが真実だ」


 部下は息を呑み、沈黙する。


 やがて、無言で敬礼し、立ち去った。


 少女たちは助からない。


 燃える屋敷と共に、闇へ葬られる。


 担架に乗せられたテレシアの表情が青ざめる。


 彼女の超人的な聴覚は、その会話内容を一言一句拾っていたのた。


 これが、私が命を懸けて守ろうとしたものの正体か──


 『この腐った国』


 マコトの言葉が、脳内で反響する。


  ◇


 数日後。 


 首都中心部にある評議会本部、地下尋問室。 


 光の届かない殺風景な部屋を、蝋燭の炎が照らしている。


 テレシアは簡素な椅子に座らされていた。


 それを囲むのは、共和国でも数人しかいない白金級の騎士たち。


 部屋には厳重な対魔法結界が張り巡らされており、彼女は戦士のスキルを使う事ができない。


 もっとも、彼女の人格を少しでも知る者なら、そんな必要はないと断言できるだろう。


 だが今回に限っては話が別だ。


 ミスリル級の万が一の乱心を考慮し、最大限の警戒態勢の下、彼女は取り調べを受けていた。


 その全身には包帯が巻かれている。


 しかし治療は最低限だ。


 傷口が痛み、脂汗が滲む。


 尋問室のテーブルの向こうには、三人の高級官僚が並んでいた。


「国宝を二つも失った損失は計り知れない⋯⋯!」


 尋問が始まった。


 官僚の一人が、声を荒げ、机を叩きつける。 


「あの至宝の価値を、貴様は真に理解していたのか!?」


「評議員を見殺しにした罪も重い」


 彼らの目は冷ややかだ。


 そして、疑念に満ちている。


「それにしても不思議だな。ユースティア殿」 


 真ん中の男が、いかにもわざとらしく疑問を口にする。


「鉄壁の聖盾は粉々に、聖剣は鉄屑と化した。なのになぜ、君は生きている?」


「五体満足だ。再起不能な欠損もない」


 男が身を乗り出す。


「相手は凶悪犯だ。手加減などするはずがない」


「……」


「まさか、奴らに情けをかけられたのか?」


 テレシアの肩が跳ねる。


「あるいは、情が移って貴様がわざと逃したのか?国境の検問所で彼らを庇ったことは調べがついているのだぞ?」


 違う。


 否定しようと、口を開く。


 だが、声が出ない。


 テレシアは必死だった。


 民を守り、彼を救うために、命を削って剣を振るった。


 それでも届かなかった。


 その結果はどうだ。  


 自分は生きている。


 彼が見逃してくれたから。


 彼が殺す価値もないと判断したから。


 「……ッ」


 テレシアは何も言えず、唇を噛み締めた。


 鉄の味が口の中に広がる。


 命がけの覚悟すら認められない。


 彼女は今、敵に情けをかけられ、おめおめと帰ってきた裏切り者として扱われているのだ。


 聖女としての尊厳が、音を立てて崩れ去っていく音がした。


  ◇


 独房の空気は冷え切っていた。


 石造りの壁。鉄の扉。


 粗末なベッドの上で、テレシアはうずくまっていた。


 彼女の手は震え続けている。


 首を掻きむしる。 


 腹を強くさする。


 皮膚が赤く腫れ上がり、爪痕から血が滲む。


 何も彼女に触れてなどいない。


 独房には彼女以外誰もいない。


 なのに、消えてくれない。


 闇を纏った冷たい刃。


 それが自分の首を切り飛ばす幻が。


 ドゴォッ!


 臓腑を蹴り飛ばされた衝撃が、痛みが、脳内で再生される。


 「うっぷ……!」


 胃液がせり上がる。


 「オェェェッ!」 


 床に吐瀉物をぶちまける。 


 部屋中に胃液の臭いが充満する。


 身体の震えが止まらない。


 歯の根が合わず、カチカチと鳴る。


 私は生きているのではない。


 生かされているだけだ。


『立派なだけじゃ、何も守れない』


 脳裏にこびりついて離れない彼の言葉が、呪いのように反響する。


 誰も救えなかった。


 国宝も壊された。 


 自分の命すら、自分で守れなかった。


「あ、あぁ……」


 テレシアは、震える手で顔を覆う。


 指の隙間から覗く瞳は、黒く濁っている。


 もはや、かつての輝く聖女テレシアの姿はない。


 ただの壊れた残骸が転がっているだけだった。

第二章を読んでいただきありがとうございました!

明日の次回更新からは第三章にして最終章、帝国編が始まります!

最後までよろしくお願いします!

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