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第28話 対峙する狂気

 激しい雨が、視界を白く染め上げている。


 その向こう側。  


 俺たちの目の前に、一人の騎士が立っていた。


 白銀に輝くアダマンタイトの鎧。  


 全身を覆うほどの大盾。  


 聖なる光を纏った両手剣。


 テレシア・レイ・ユースティア。  


 リブラ共和国最強の聖女が、そこにいた。


 彼女の足元は泥濘んでいる。  


 だが、その姿勢は微動だにしない。  


 まるで、大地に根を張る巨木のように。


「なぜ……!」


 雨音を切り裂き、悲痛な慟哭が響く。


「なぜ待てなかったのですか! 評議会の承認は降りたのに! 正規の手続きで、あの男を法の下で裁けたのに!」


 彼女は心底、嘆いていた。  


 正義が執行されることを信じていた。  


 それで俺を救えると、本気で思っていたのだ。


 俺は冷めた目で、彼女を見据える。


「あんたの正義は、間に合わなかった。テストは不合格だったよ」


 短く告げる。  


 それが事実だ。


 テレシアの視線が、俺の背後へ向く。  


 炎上する屋敷。  


 崩れ落ちる瓦礫。  


 そこにいた人間の生存など、望むべくもない。


 彼女の碧眼から、光が消えた。  


 代わりに宿ったのは、鋼のような決意。


 ジャリッ  


 彼女が泥を踏みしめ、剣を構える。


「……そうですか」


 声から感情が抜け落ちる。


「ならば、力ずくで止めるまでです」


 俺は口元を歪めた。  


 それでいい。  


 綺麗事はもう終わりだ。


「……行け。あれも掃除しろ」


 俺が言い終わるのと同時に、ヴィオラが動いた。


 ◇


 ヒュンッ!


 初撃。  


 ヴィオラの大剣が、不可視の軌道を描いて横薙ぎに振るわれる。


 速い。  


 だが、テレシアは反応した。


 ガギィィィン!!


 甲高い金属音が鼓膜を劈く。  


 大剣の一撃を、国宝の聖盾『アイギス』が真正面から受け止めていた。


 衝撃波が炸裂する。  


 周囲の石畳が捲れ上がり、水しぶきが舞い上がる。


 だが、テレシアは一歩も後退しない。


「……チッ」


 ヴィオラが舌打ちをした。  


 彼女の美しい顔に、露骨な苛立ちが浮かぶ。


「邪魔ですね、その粗大ゴミ」


 ヴィオラは大剣を引いた。  


 そして、テレシアを見るのをやめた。


 彼女の視線は、テレシアの背後――さらにその奥にある、市街地へ向けられていた。


 そこには、灯りのついた民家が立ち並んでいる。  


 何も知らない市民たちが、雨夜を過ごしている場所だ。


 ヴィオラはテレシアを狙わなかった。  


 あえて射線をずらし、その背後へ向けて大剣を振るった。


 ゴオォォォッ!!


 放たれたのは、空間を断裂させる衝撃波。  


 それが一直線に、市街地へと突き進む。


「なっ……!?」


 テレシアが目を見開く。


 だが動揺は一瞬。彼女は迷わなかった。  


 即座に地面を蹴り、自らの体を投げ出す。


 衝撃波の軌道上へ、強引に割り込んだのだ。


 ガァァァン!!


 盾を構える暇すらない。  


 生身の鎧で、衝撃を受け止める。


 彼女の身体は吹き飛ばされ、泥水まみれの石畳を転がった。


 ヴィオラはそれを無表情で見下ろす。    


 市街地を狙ったのは、効率の問題だ。  


 邪魔な障害物を動かすために、一番効果的な方法を選んだに過ぎない。


 ヴィオラのその合理的すぎる狂気を、俺はただ背後から眺めていた。


 ◇


「やはり自ら当たりに来てくれましたね。人間の習性とは、なんとも愚かなものですね……」


 ヴィオラが呆れたように呟く。


 テレシアは、衝撃波をその身で受けたダメージで苦悶の表情を浮かべている。


 ヴィオラが、ゆっくりと大剣を頭上へ掲げた。  


 剣身に、どす黒い闇が収束していく。  


 周囲の雨粒が、砕かれた石畳の破片が、重力に引かれて剣へと吸い込まれていく。


「それでは、これで終わりにしましょう」


 暗黒騎士ブラックガードのスキルの一つ。  


 絶対的な破壊の力。


 「【黒蝕の崩落エクリプス・フォール】」


 ヴィオラが剣を、テレシア目がけ振り下ろす。


 ドォォォォォォォォン!!


 天から巨大な鉄槌を叩きつけたかのような轟音。  


 全てを圧殺する重力と闇の奔流が叩きつけられる。


 だが、テレシアは逃げなかった。


 泥まみれになりながら、聖盾を拾い上げ、構える。  


 その全身から眩い光が溢れ出す。


 「【絶対不落の要塞インビンシブル・フォートレス】!!!」


 ミスリル級戦士(ウォリアー)、テレシアの奥義。

 防御に特化した最強の肉体強化スキルだ。


 光と闇の激突。


 バリバリバリバリッ!!!!!!


 衝撃で空間が悲鳴を上げる。  


 地面が陥没し、巨大なクレーターが形成される。


 その中心で。


 ブシュッ!


 テレシアの全身から、赤い霧が噴き出した。  


 目、鼻、耳、口、全身のあらゆる穴からどろどろと血が流れている。


 ミシミシと鎧が歪む音がする。  


 骨の軋む音が、雨音の中でもはっきりと聞こえる。


 それでも、テレシアは膝をつかない。


 ギリッ……ッ!


 彼女の口内から、硬質な音が響いた。  


 食いしばった奥歯が、限界を超えて砕けた音だ。


 彼女は口に溜まった血と共に、白い欠片を地面に吐き捨てた。


 泥水に混じる、砕けた歯と鮮血。  


 闇と正面から対峙する、血塗れの聖女。


 その姿は、あまりにも痛々しく、そして神々しかった。


 ◇


 やがて、重力の嵐が止んだ。


 土煙が晴れていく。


 大地を抉った巨大なクレーター。  


 その中心に、テレシアは立っていた。


 鎧はひしゃげ、全身は血まみれだ。  


 だが、倒れない。


 彼女はまず、自分の体ではなく、背後の街を確認した。  


 民家の灯りが消えていないことを見て、安堵の息を漏らす。


 俺は息を呑んだ。  


 喉が張り付き、声が出ない。


 ヴィオラの力は知っている。  


 あれは災害だ。  


 人間が耐えられるものではない。


 だが、目の前の女は耐え切った。  


 自分の命を削り、痛みを飲み込み、他人のために体を張った。


 思わず恐怖した。 


 テレシアという人間の、精神構造に対する畏怖だ。


 聖女なんて生易しいものじゃない。  


 こいつもまた、自己犠牲という名の狂気に侵された怪物だ。


 テレシアがゆっくりと顔を上げた。


 その顔は血と泥で汚れ、片目は腫れ上がっている。  


 口の端からは血が滴り落ちている。


 なのに。  


 彼女は笑っていた。


 聖母のように優しく。  


 慈愛に満ちた、美しい笑みで。


「安心してください、マコトさん」


 彼女の声は、どこまでも澄んでいた。


「貴方を縛る闇は、必ず私が晴らします」


 俺の心臓が脈打つ。


 違う。  


 俺は勘違いをしていた。


 こいつは、この期に及んで、俺を「敵」と見なしていない。


 救おうとしている。  


 俺をヴィオラという闇から引き剥がし、彼女の信じる正義の枠組みへ、無理やり押し込もうとしているのだ。


 思わず後ずさった。


 ヴィオラとテレシア。  


 二人の怪物が、雨の中で対峙している。


 俺はその渦中で、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

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