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第27話 招かれざる来賓

 激しい雨が、石畳を叩きつけていた。


 雷光が走る。  


 一瞬だけ、闇夜が白く染まる。


 浮かび上がったのは、リブラ共和国の富の象徴。


 この国を支配する十人の評議員の一人、ザガン公爵の邸宅だ。

 

 その入り口には巨大な鉄格子の門が、拒絶の意思を示して立ち塞がっている。 


 俺たちは傘もささずにそこに近づいていく。


 雨が俺たちを濡らすことはない、奇妙な光景だ。


 背後から、ズルズルと何かを引きずる音がする。  


 水たまりを割り、泥を跳ね上げる音。


 ヴィオラだ。  


 彼女は片手で、泥人形のように動かなくなったガレインの足首を掴んでいる。  


 雨に濡れた石畳の上を、雑巾のように引きずってきたのだ。


「貴様ら! 何者だ!」


 門の向こうで、警備兵が槍を構える。  


 威圧的な怒号。


「ここはザガン様の邸宅だぞ! 通れると思っているのか!」


 俺たちは歩みを止めない。  


 靴底が濡れた石畳を踏む音だけが響く。


 法。ルール。秩序。  


 そんなものは最初から信用していない。


 これより先は、暴力という単純な「力」のみが支配する時間だ。


「……お客様に対してその態度は感心しないな。マナーがなってない」


 俺は足を止めた。  


「貴様、何を言って⋯⋯」


 警備兵が訝しむ。


「招待状ならあるぞ?」


 ヴィオラが、俺の横に並ぶ。


 彼女は引きずってきたガレインの頭を片手で掴むと、軽々と持ち上げた。


 ガレインの顔は血と泥にまみれ、傷だらけになり、腫れ上がり、原型を留めていない。  


「ヴィオラ」


「はい、マコト様」


 ヴィオラはガレインの顔面を、閉ざされた鉄格子に押し付けた。


 グリグリ、と。  


 顔面が冷たい鉄に擦りつけられる。


「あ、が……ッ」


 ガレインが悲鳴を上げようとする。  


 だが、ヴィオラは押し付ける力を緩めない。  


 さらに強く、顔面を格子にめり込ませる。


「これが招待状です。なぜ開かないのですか?」


 ヴィオラが首を傾げた。  


 真顔だ。  


 本気で不思議がっている。


 ガレインは白目を剥き、泡を吹いて痙攣した。  


 当然、門は開かない。


「おかしいですね。マコト様、どうやらこの門は故障しているようです」


 ヴィオラはガレインを無造作に放り捨てた。  


「不良品なら、処分するしかありませんね」


 彼女は虚空へ右手を伸ばし、漆黒の大剣を引き抜く。


 そして、彼女はそれを、小枝でも払うように横に薙いだ。


 ドォォォォォン!!


 轟音。  


 鉄格子が、それを支える石柱ごと切断された。  


「ひ、ひぃぃぃッ!?」


 警備兵たちが腰を抜かす。  


 槍を落とし、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。


 俺は倒れた鉄格子を踏みつけ、敷地内へと足を踏み入れた。


「さて、主賓の到着だ」


 ◇


 エントランスホールは、別世界のように暖かかった。


 高い天井には、クリスタルのシャンデリア。  


 壁にはずらりと並ぶ名画の数々。  


 床には足首まで埋まるような最高級の絨毯。  


 至る所に大理石の彫像が並んでいる。


 圧倒的な「富」の象徴。


 俺は泥だらけの靴で、遠慮なく真紅の絨毯を踏みしめた。  


 一歩進むたびに、黒い汚泥が美しい赤を汚していく。


 ワラワラと、屋敷中の私兵が殺到してきた。


「侵入者だ!」


「どこから入ってきたんだ!? 門兵は何をしている!」


「殺せ! 屋敷を守れ!」


 俺は立ち止まる。  


 周囲のきらびやかな美術品を見回し、鼻で笑う。


「趣味の悪い玄関だな。……リフォームしてやれ、ヴィオラ」


「御意」


 ヴィオラが大剣を振るう。


 兵士を狙ってはいない。  


 彼女はあえて、周囲の装飾品を巻き込むように刃を薙ぎ払った。


 ガシャァァァァン!!


 衝撃の余波で兵士が吹き飛ぶ。  


 同時に、さぞ価値のありそうな骨董の壺が砕け散る。  


 大理石の彫像が粉々になり、破片が弾丸となってシャンデリアを落下させた。


「あ、あぁぁ!!!! 旦那様のコレクションが!!!」


 兵士の一人が絶望的な声を上げた。  


 彼らは自らの命よりも、資産が失われることに恐怖しているようだ。


 俺たちは止まらない。  


 破壊の嵐の中を、悠然と歩く。


 ザガンの富の象徴が、兵士達が、次々とゴミに変わっていく。  


 それらを泥と血で汚れた靴底で踏み潰しながら、俺は階段を登った。


 ◇


 上階への廊下は、処刑場と化していた。


 立ち塞がるのは、ザガン子飼いの精鋭部隊。  


 魔術師や、重装甲の戦士や騎士たちだ。


 だが、彼らは動けない。  


 ヴィオラの放つオーラに当てられ、金縛りのように硬直している。


 ヴィオラが歩く。  


 すれ違いざま、大剣を一閃させる。


 それだけで、騎士は鎧ごと両断され、壁の染みになる。  


 魔術師は防御魔法ごと叩き潰され、肉塊となって飛び散る。


 俺は顔色一つ変えずに進む。  


 飛んでくる血飛沫は、ヴィオラの障壁が弾く。


「マコト様、お召し物に汚れはございませんか?」


 ヴィオラが振り返る。  


 その手には、今しがた首を刎ねたばかりの大剣が握られている。  


 だが、その瞳は慈愛に満ちていた。


「失礼、服に埃がついております……」


 彼女はハンカチを取り出し、俺の上着を優しく払う。  


 俺たちの周囲には、原型を留めない肉塊と化した死体が転がっている。一面血の海だ。


「ありがとうヴィオラ。さあ、このパーティーの主催者に挨拶と行こうじゃないか」


「はい、マコト様」


 彼女は嬉しそうに微笑み、また殺戮に戻る。  


 世界中を敵に回しても揺るがない、狂気的な絆。  


 俺にはそれが、どんな宝石よりも美しく思える。


 ◇


 最上階。  


 突き当たりにある、重厚な扉。


 ザガンの私室だ。


 ヴィオラが前に出る。  


 ヒュッ


 大剣が十字に走った。  


 分厚い鉄の扉が、四片のブロックに分かれて崩れ落ちる。


「な、何事だ!?」


 中から、驚愕の声が響く。


 俺は入る前に、足元の物体を蹴った。  


 それを合図に、ヴィオラがそれを放り投げる。


 ガレインだ。  


 彼は投げ捨てられたゴミのように宙を舞う。


 ガシャァァン!


 ガレインは高級なテーブルの上を滑り、ワインボトルやグラスをなぎ倒した。


 テーブルの上で、ピクリとも動かないガレイン。  


 それを目にして、一人の男が腰を抜かしていた。


 部屋の最奥に腰掛ける、ザガン公爵だ。  


 贅肉に埋もれた顔を、恐怖で引きつらせている。


 俺はゆっくりと部屋に入った。


「素敵な招待状をありがとう、公爵殿。彼のおかげで迷わずここまで来れたよ」


 俺はガレインを指差し、笑顔で感謝を述べる。


 ザガンは震える声で俺たちを脅す。


「き、貴様ら……ただで済むと……!」


 ふと、俺は部屋の一角に視線を向けた。


 そこには、頑丈な鉄の檻があった。  


 贅の限りを尽くした絢爛豪華な部屋にはあまりにも場違いな、冷たく薄暗い牢獄。


 そこに、数人の少女たちが閉じ込められていた。  


 服はボロボロで、痩せ細っている。  


 それだけではない。  


 ある者は腕がなく、ある者は足がない。


 手足を欠損させられ、鎖に繋がれた少女たち。  


 彼女たちは虚ろな目で、こちらを見つめていた。


 俺は少女たちを一瞥する。


 怒りは湧かなかった。  


 ただ、俺の中で、感情が完全に消え失せた。


 俺はザガンに近づく。


「ひっ……な、なんだその目は……」


 ザガンが怯える。  


 俺の目に、自分が映っていないことに気づいたのだろう。  


「金か!? 幾ら欲しい!? それとも地位か!?」


 俺は何も言わず、テーブルに残っていたワインボトルを手に取った。  


 中身はまだ半分ほど残っている。


 俺はボトルの口を下に向けた。


 ドボドボ……


 赤黒い液体が、ザガンの頭に降り注ぐ。  


 高価なビンテージワインが、血のように彼の顔を濡らし、服を汚していく。


「あ、あ……」


 ザガンが戦慄く。


 俺は空になったボトルを放り捨てた。


 振り返り、ヴィオラに告げる。


「今すぐ片付けろ」


「御意」


 ヴィオラが、音もなくザガンの前に立つ。


「ひぃッ! 貴様ら! 私は評議員だぞ! この国の最高権力者だ!」


 ザガンが床を這いずり、逃げようとする。  


 ヴィオラはそれを無表情で見下ろす。  


 虚空から取り出した大剣を構え、剣先をザガンに向ける。  


「ゴミ箱に捨てやすいよう、小さく畳んでしまいましょう」


 剣先に黒い球体が生まれ、空間がねじれる。


「ぎ、ぎゃああああ!?」


 バキバキバキッ!


 生々しい破砕音が響いた。  


 ザガンの四肢が、ありえない方向に折れ曲がる。  


 プレス機に押し込まれるように、彼の身体が小さな球状に圧縮されていく。


「あ、ガ、ギッ……」


 断末魔ごと押し潰される。  


 骨が砕け、肉が混ざり、血の一滴すら零れない。


 数秒後。


 煌びやかなカーペットの上には、サイコロステーキほどの大きさになった肉の球体だけが転がっていた。


 俺は踵を返し、部屋を出る。  


「行くぞ」


「はい、マコト様」


 俺たちは部屋を出る。  


 檻の中の少女たちは無視した。  


 俺は英雄ではない。  


 ただ、掃除に来ただけだ。  


 ◇


 屋敷を出ると、雨はさらに激しくなっていた。


 背後では、半壊した屋敷が炎を上げて燃えている。  


 火の勢いは止まらない。


 俺たちは正門へ向かう。  


 倒壊した鉄格子の前に、一人の影が立っていた。


 闇夜の中でも眩い輝きを放つアダマンタイトの全身鎧。


 片手には巨大な両手剣。 


 もう片方の手には身の丈ほどの大盾。


 テレシア・レイ・ユースティア。


 彼女はたった一人で、雨の中に立っていた。  


 周囲に兵士はいない。  


 ヴィオラという災害を相手に、部下を巻き込まないための判断だろう。


 彼女の碧眼が、俺を射抜く。  


 そこにはもう、慈愛の光はない。  


 あるのは、俺という悪を断つための、悲壮な決意だけだ。


「……もう、言葉は届かないようですね」


 テレシアの声が、雨音に混じって聞こえた。


「ああ」


 俺は頷く。  


 もう、後戻りはできない。  


「ここから先は、勝ったほうが正義だ」


 俺とヴィオラは、聖女の待つ修羅場へと歩き出した。

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