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第18話 掃除の時間

 ドォォォォンッ!!


 爆発音。  


 いや、それは火薬の炸裂した音ではない。  


 ヴィオラがただ一歩、地面を踏み込んだ衝撃音が、鼓膜を殴打したのだ。


 彼女の足元の岩盤が、蜘蛛の巣状にひび割れる。  


 その反動を推進力に変え、彼女は黒い砲弾となってゴブリンの群れの中央へ着弾した。


「――汚らわしい」


 氷点下の声と共に、漆黒の大剣が一閃する。


 ヒュン。


 風切り音が遅れて聞こえるほどの剣速。  


 扇状に広がった黒い残像が空間を走り抜けた直後、前列にいた十数匹のゴブリンの上半身が、慣性を失ってずり落ちた。


 ドサッ、ドサッ、ドサドサドサッ


 断面から噴き出した鮮血が、赤い霧となって舞い上がる。  


 彼らは悲鳴を上げる暇すらなかった。  

 神経が切断されたことに気づかず、痙攣する指先だけが空を掴んでいる。


 だが、それは清掃作業の始まりに過ぎなかった。


 ヴィオラは止まらない。  

 密集する敵陣の只中で、大剣を独楽のように旋回させる。


 グシャッ、バチュッ、ゴガッ。


 耳を覆いたくなるような、硬い骨と柔らかい肉が同時に砕かれる湿った音が連続する。   


 巨大なミキサーに肉塊を放り込んだかのような、冒涜的な破壊音。


 大剣が振るわれるたびに発生する衝撃波が、ゴブリンたちの肉体を風船のように破裂させていく。


「グルァァァ……ッ!?」


 後方に控えていたゴブリンロードが、眼前の惨状に動揺し、動きを止めた。  


 そして殺意のこもったロードの巨腕が、ヴィオラ目がけ棍棒を振り上げる。


 だが、遅い。


 ヴィオラは振り返りもせず、大剣の腹でロードの巨体を叩いた。


 パンッ!!


 乾いた音が響く。  


 次の瞬間、ロードの上半身が消滅していた。  


 斬られたのではない。圧倒的な質量と速度で叩き潰され、爆散したのだ。  


 残された下半身だけが、バランスを崩してゆっくりと血の海に倒れ込む。


 ザアアアアアアアアッ……


 頭上から、何かが降り注ぐ音がした。  


 雨ではない。  


 ヴィオラが巻き上げた、おびただしい量のゴブリンの血と肉片だ。


「ヒッ、あ、あぁ……!」


 マックスたちが悲鳴を上げ、頭を抱える。


 ベチャッ、グチャッ。


 生温かく、鉄錆の臭いがする粘液が、彼らの頭からつま先までを容赦なく叩く。  


 口の中に飛び込んだ肉片が、吐き気を催す胆汁の苦味を広げる。  


 彼らの銀色の鎧は赤黒く汚れ、髪は血糊でべったりと肌に張り付いた。


 彼らは血の泥沼の中で、無様にのたうち回った。


 一方で。


「……酷い雨だな」


 俺は、一滴の血も浴びていなかった。


 俺の周囲だけ、そこには見えない傘があった。  

 ヴィオラの魔力障壁だ。


 降り注ぐ血肉は、俺に触れる直前で何かに弾かれ、避けるように地面へ落ちていく。


 目の前には、血と臓物でコーティングされ、震えるマックスたち。  

 そして、装備に汚れ一つない俺。


 そのあまりに鮮烈なコントラストが、俺たちが住む世界の格差を視覚的に焼き付けてくる。


 ヴィオラが血の海を歩いて戻ってきた。  


 彼女のメイド服もまた、俺と同様に染み一つない。


「清掃完了です、マコト様」


 彼女は血の沼の上で、優雅にカーテシーをした。  


 背景には、原型を留めないロードの残骸と、ミンチになった群れの山。


 圧倒的な静寂。  


 聞こえるのは、マックスたちの荒い呼吸音と、彼らの服から血が滴り落ちる音だけ。


 俺は小さく息を吐き、血まみれのマックスへ歩み寄った。  


 泥一つついていない革靴で、血の海を踏まないように。


「……マックスさん」


「ひっ!?」


 マックスが弾かれたように身を縮める。  


 彼の瞳孔は開ききり、俺の背後のヴィオラを見て歯をガチガチと鳴らしている。  


 股間からは、失禁したアンモニア臭が漂っていた。


 俺は屈み込み、彼の顔を覗き込んだ。


「分かりますよね?」


 俺は、周囲の肉塊を手のひらで示した。


「俺たちは、何も見ていない。何もしていない。……あなたたちも、そうだ」


「あ、ぅ……」


「俺たちはただの銅級冒険者です。少し腕の立つメイドがいるだけの、ね? ギルドに『化け物がいた』なんて報告されたら、俺たちはこの街にいられなくなってしまいます」


 俺の声は低く、冷淡だった。


「もし、ギルドに余計な報告が上がれば……」


 俺は視線だけで、背後のヴィオラを示した。  


 彼女はマックスを見据えながら、大剣についた血糊を振るって払う。


 マックスの呼吸が止まる。  


 彼は理解した。  


 この男は、自分たちを生かすことも殺すことも、瞬きするより簡単に決断できるのだと。


「ち、誓う……! 誰にも言わねえ! 俺たちは何も見なかった! 運良く逃げ切れた、それだけだ……!」


 マックスが何度も頷く。  

 その顔は恐怖で歪み、涙と血と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。


 これでいい。  


 彼らは恐怖という鎖で繋がれた。  


 もう二度と、俺たちに関わろうとはしないだろう。


「ありがとうございます。物分かりが良くて助かります」


 俺は立ち上がり、彼に背を向けた。


 足元には、無数の死体と血の海。  


 鼻孔を満たすのは、むせ返るような死臭。


 だが、不思議と不快感はなかった。


 これが、俺の平穏を守るための「掃除」だ。  


 部屋の隅の埃を掃くのと、何も変わらない。


 俺は血なまぐさい風を胸いっぱいに吸い込み、どこまでも青く澄み渡った空を見上げた。

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