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第12話 冒険者ギルド

 国境の検問を抜けて歩くこと半日。


 なだらかな丘陵地帯を越えると、視界が一気に開けた。


 眼下に広がるのは、地平線の彼方まで続く広大な平原と、その中心に鎮座する巨大な城壁都市だった。


 リブラ共和国南西の要衝、交易都市ベルファスト。


「……でかいな」


 マコトは足を止め、その威容を見上げた。  


 ここなら、俺たちのような素性の知れない人間でも紛れ込めるだろう。


 村を出た時からの計画通り、まずはこの街で冒険者になる。


 身分のない俺たちが、手っ取り早くこの世界での社会的信用と、隠れ蓑を得るための最短ルートだ。


「マコト様」


 隣に立つヴィオラが、冷ややかな瞳で眼下の都市を見下ろしていた。


「なんと脆い……積み木細工のような都市ですね」


「……え?」


「私が軽く小突けば、ドミノのように倒壊するでしょう。……試してみますか?」


 彼女はまるで、出来の悪い砂の城を崩そうとする子供のように、無邪気に提案した。


 マコトの頬が引きつる。  


 彼女の目には、人々の営みなど映っていない。


「……試さなくていい。俺たちはここで暮らすんだからな」


「承知しました。マコト様の仮初めの箱庭、丁重に扱いましょう」


 本気で言っているのか怪しい返事だが、とりあえず今はよしとする。


 俺たちは坂を下り、熱気を帯びた街へと足を踏み入れた。


 ◇


 ベルファストの街中は、欲望の回転する熱気に満ちていた。  


 俺たちは人の波をかき分け、街の北側、少し柄の悪い区画にある冒険者ギルドを目指した。


 石造りの重厚な建物。  


 入り口には剣と天秤の紋章。


 俺は一度深呼吸をして、重い扉を押し開けた。


 ムッとするような熱気と、酒と汗の臭い。  


 そして、獲物を値踏みするような殺伐とした空気が、顔面に叩きつけられる。


 俺たちが足を踏み入れた瞬間、ガヤガヤとしていた喧騒が止み、視線が集まった。


 数十人の荒くれ者たちの目が、一斉に俺たち――正確には、ヴィオラへと突き刺さる。  


 場違いなメイド服の美女に対する、驚愕と、ねっとりとした粘着質な欲望。


「……不快ですね」


 ヴィオラが、表情一つ変えずに呟く。


「……マコト様、掃除しても?」

 

「やめろ」


 俺は即座に彼女の手首を掴み、小声で制した。


「俺たちは登録に来たんだ。目立つな」


「……御意」

 

 俺はヴィオラの手を引きながら、周囲の視線を無視して真っ直ぐに受付へと向かう。


 これから手続きをする上で、多少のトラブルは避けられないかもしれない。  


 だが、今の俺たちには「金」というこの国における最強の武器がある。


「すみません、冒険者登録をしたいんですが」


 俺は懐に入れてある、テレシアから貰った紹介状を……握りしめたまま、言葉を紡いだ。

 

 ここで紹介状を出せば、ギルドから注目を集めてしまう。


 それは避けたい。


 できるだけひっそりと、底辺から始めたい。


 それに、あの眩しい聖女との繋がりをこれ以上持ちたくないという、俺の後ろめたさもあった。


 これはもし何かが起こった時の、最後の切り札として温存しておこう。


 カウンターにいた受付の女性職員は、ヴィオラの美貌に気圧されながらも、業務的な笑顔を作った。


「は、はい。新規登録ですね。登録料は銀貨一枚になります」


 受付嬢はそう言って新規登録用の書類を二枚手渡す。


 どうやら国境とは異なり、ここでの手続きは速やかに済みそうだ。俺は胸をなで下ろす。


 俺は王国兵から奪った資金の中から銀貨を取り出し、受付の言い値より数枚多く支払う。


 受付嬢は怪訝な表情を浮かべたが、「マコト」「ヴィオラ」とだけ記入された、空白だらけの俺たちの書類を見てすぐに納得してくれたようだ。


 それを確かめて俺は安心した。


 やはりこの国では金こそが正義で間違っていないらしい。彼女は何も言わず銀貨と書類を受け取った。


「では、魔力測定と職業判定を行います。まずマコト様から、この水晶に手を」


 透明な水晶球。  俺はそれに手を乗せる。


 ……反応なし。


「えー⋯⋯魔力反応なし。職業……一般人? 戦闘職への適性はありませんね……」


 受付嬢が気まずそうに告げる。  


 周囲から「なんだ、雑魚か」「ただの金持ちの道楽かよ」という失笑が漏れる。


 構わない。むしろ好都合だ。


「……次はそちらの方、お願いします」


 受付嬢に促され、ヴィオラが無造作に歩み出る。


 彼女は水晶に触れようともしなかった。  


 ただ、かざしただけ。


 パリンッ。


 乾いた音が響いた。  


 ヴィオラの指が触れる直前、水晶球に亀裂が走り、真っ二つに割れてしまったのだ。


「あ……」


 受付嬢が固まる。  


 周囲の冒険者たちも一瞬静まり返り、すぐにドッと笑いが起きた。


「おいおい、触る前に壊したぞ!」


「ギルドの備品がボロすぎんだよ!」


「姉ちゃん、とんだドジっ子だな!」


 彼らは気づいていない。  


 古かったから割れたのではない。


 ヴィオラの放つ圧に耐えきれず、水晶が自ら崩壊を選んだということに。


 ヴィオラの異常性を悟られるわけにはいかない。  


 俺はすぐさま、懐から金貨を取り出した。


 それをギルドの冒険者たちに悟られぬよう、静かに受付嬢の手に握らせる。


「随分と古い水晶を使っていたようですね⋯⋯寿命だったんでしょう」


 俺は受付嬢の目を真っ直ぐに見つめ、声を張った。


「弁償します。これで新品を買ってください。……残りは、貴女への迷惑料です」


 彼女の計算高い目が、瞬時に状況を理解する。    


「……そうですね! 確かにこの水晶、以前から調子が悪かったんですよ!」


 彼女は素早く金貨を懐にしまい込み、満面の笑みを浮かべた。


「しかし、申し訳ありませんがお二方とも測定不能のため、ランクは一番下の『銅級』となりますが、よろしいですね?」


「ええ、構いません」


 俺は安堵の息を吐きながら、プレートを受け取った。


 周囲の冒険者たちの視線が変わっていた。  


「怪物」を見る目ではない。


「ただの一般人」と「ドジなメイド」を見る、侮りを含んだ視線だ。


(……これでいい)


 俺は心の中でガッツポーズをした。


 金さえ払えば、道理も、事実さえもねじ曲げられる。  


 なんて生きやすい国なんだ。


「マコト様? なぜ壊れたガラクタにお金を?」


 ヴィオラが不思議そうに首を傾げる。


「必要経費だよ。……行こう、ヴィオラ」


 俺は「銅級」のプレートを首にかけた。


 金と嘘で塗り固めた、俺たちの新生活の始まりだ。  


 この国なら、上手くやっていける。


 そんな確信めいた予感を胸に、俺たちはギルドの喧騒の中へと混じっていった。

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