表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/39

第10話 魔女の誓い

 焦土と化した森に、乾いた風が吹き抜ける。


 炭化した木々が崩れる音だけが、静寂を破っていた。


 地面にへたり込んだまま、エレアノールは自身の掌を見つめていた。


 魔力枯渇マナ・バーンによる激しい倦怠感が、鉛のように四肢に絡みついている。  


 美しいマントとローブは泥と煤にまみれ、黄金の髪はチリチリに焦げ付いていた。


「……ふん」


 エレアノールは、ふらりと立ち上がった。    


 泥を払うこともしない。  


 彼女は懐から小さなナイフを取り出すと、自身の自慢だった長い金髪を無造作に掴んだ。


 ジャリッ


 何のためらいもなく、その髪を断ち切る。    


 焦げ付いたボサボサの毛束が風に舞い、彼方へ飛ぶ。


「……要らないわ、こんな過去モノ


 短くなった金髪が、風に揺れる。    


 彼女の瞳には、敗者の湿っぽい涙など浮かんでいなかった。  


 そこにあるのは、未だ解けぬ難問を前にした研究者の、狂気的なまでのと探究心と殺意。


 あのメイドの魔法――『空間干渉』 。   


 物理法則を無視した、理外の力。    


 私の魔法が通じなかったのではない。


 私の理論が甘かったのだ。


「研究が必要ね……」


 彼女は泥だらけの顔で、唇を歪めた。


 あいつはただの魔法使いではない。この世界に空いた、底なしの穴だ。  


 ならば、その穴を塞ぐための鍵を、私が作ればいい。


 彼女はナイフを放り投げ、東の空を一瞥もせず、王都の方角へと歩き出した。    


 足取りは重い。


 だが、その背中から立ち上る覇気は、以前よりも鋭く研ぎ澄まされていた。


 ◇


 レガリス王城、軍総司令官執務室。


 エレアノールが重い扉を押し開けた瞬間、彼女を迎えたのは──


 ザッ……!


 無数の鎧が擦れ、凶器が向けられる音。


 剣呑な殺気が室内を満たす。


 執務室の壁際、カーテンの裏、死角の全てから、武装した騎士たちが現れ、彼女を取り囲んでいた。  


 彼らが纏うのは、白銀に輝く最高級の鎧。    


 王都を守護する近衛騎士団の中でも、選りすぐりの精鋭たちだ。    


 その中にはガストンと同格の『金級』、さらには数少ない『白金級』の騎士団長の姿さえある。    


 今この国が用意できる、人類の最高戦力。  


 彼らのすべての刃が、ボロボロのエレアノールに向けられていた。


「……何の真似かしら?」


 彼女は眉一つ動かさず、冷徹に問いかける。


 エレアノールの対面、執務机の最奥に座るバルバロス公爵が、侮蔑と憐憫の入り混じった笑みを浮かべていた。


「ご苦労だったな、エレアノール。……いや、『元』筆頭魔術師殿」


 バルバロスは手元のワイングラスを揺らす。


「聞いたぞ。たかが賊二人に惨敗し、這いつくばって逃げ帰ってきたとな。……無様だな。ミスリルの称号が泣いているぞ」


「で? 私を慰めるために、こんなムサ苦しい男たちを用意してくれたの?」


 エレアノールは白金級の騎士団長を見て鼻で笑った。


「まさか。処分だよ」


 公爵の声が冷たく響く。


「我が国に敗者は不要だ。それに、貴様のような扱いにくい怪物が弱っているのだ。この好機を逃す手はないだろう? 貴様の身柄を拘束し、その脳内にある膨大な魔法知識を、すべて軍の管理下に置かせてもらう」


 バルバロスが顎をしゃくる。    


 騎士たちが一歩踏み出し、包囲網を詰める。  


 白金級の騎士団長が、抜き身の剣を突きつけながら宣告した。


「抵抗はやめてください、エレアノール様。今の貴方は魔力枯渇状態だ。いくらミスリル級とはいえ、我ら精鋭部隊を相手に魔法なしで勝てると思っているのですか?」


「……はぁ」


 エレアノールは、心底呆れたように深いため息をついた。


「あのね、バルバロス。それに雑魚ども」


「なに?」


「猛獣が空腹で動けないからって、羽虫に負けるとでも思ってるの?」


 瞬間。


 ドォンッ!!!!


 魔法による衝撃ではない。    


 部屋中の空気が、爆発的に膨張した音だ。


「ぐ、ぁ……ッ!?」


「な、熱っ……!? 鎧がっ!?」


 精鋭であるはずの騎士たちが悲鳴を上げ、膝をついた。    


 彼らの自慢の鎧が赤熱し、ジュウジュウと皮膚を焼く音を立てていたからだ。  

 

 それだけではない。  


 部屋の温度が、一瞬で灼熱地獄へと変貌していた。


 呼吸をするたびに喉が焼ける。


 書類が自然発火し、カーテンが燃え上がる。    


 金級や白金級の「人間」の強者たちは、本能レベルで理解させられた。  


 目の前にいるのは、いくら弱っていようが、手負いだろうが、生態系の頂点に立つ「捕食者」であると。


「ひ、ひぃぃぃッ!?」


 バルバロスは椅子から転げ落ちた。    


 エレアノールは一歩も動いていない。杖すら構えていない。  


 ただ、彼女から漏れ出る魔力が、部屋中の熱エネルギーを支配しただけだ。


 確かに、エレアノールはヴィオラに無様に敗北を喫したが、それでも彼女はミスリル級魔術師にして、400年を生きた伝説のエルフ。


 その漏れ出た魔力の一滴ですら、凡人のそれを軽く凌駕する。


「お、お前……魔力は無いはずじゃ……!」


「そうね。でも、あんたたちごときを焼き殺すのに、全力を出す必要があるとでも?」


 エレアノールは優雅に歩みを進める。    


 彼女が歩くたびに、床の絨毯が黒く焦げていく。    


 騎士たちは熱気と恐怖で金縛りにあい、誰も動けない。  


 剣を握る手すら、熱でただれている。


 エレアノールはバルバロスの目の前まで来ると、腰を抜かした彼を見下ろし、その顔の横の床板をヒールで踏み抜いた。


 バキッ!


 焦げた木片が飛び散る。


「さて、お話の時間よ、公爵様」


 彼女は短くなった髪をかき上げ、獰猛な獣のように笑った。


「私の研究室に、国中の魔術書、遺物、そして予算の全てを運び込みなさい。私が満足するまで、国庫を空にするつもりでやりなさい」


「ふ、ふざけるな! そんなことをすれば財政が破綻する! 私が許すとでも……!?」


「許す?」


 エレアノールは、バルバロスの胸元を掴んで引き寄せた。  


 至近距離で公爵を睨みつける真紅の瞳。


 そこに宿るのは 、灼熱の炎。 


「勘違いしないでくれる? これはお願いじゃない。命令よ」


「な……ッ!?」


「あいつらが再び王国に現れる前に、私が対抗策を完成させなきゃ、どのみちこの国は滅びるわ。……だったら、その前に私が使い潰してあげる」


 彼女の声は甘く、そして冷酷だった。


「断るなら、今すぐ私がこの国を灰にしてあげるわ。あのメイドに滅ぼされるのと、私に焼かれるの、どちらが好みかしら?」


 パチンッ


 彼女が指を鳴らすと、バルバロスの服の裾に小さな火がついた。


「わ、わかった!! わかったから消せ! 好きにしろ! 全部くれてやる!!!」


 バルバロスは半狂乱で叫び、火を消そうとのたうち回る。


 「最初から素直にそう言えばいいのよ」


 エレアノールは公爵の胸元から手を離すと、汚物を見るような目で公爵を一瞥し、出口へと向かった。


 騎士たちが道を開ける。  


 恐怖に支配された彼らにとって、このボロボロのはずの少女は、自分たちより遥かに強大な怪物に見えていた。


 扉の前で、エレアノールはふと足を止めて振り返る。  


 壁に飾られた、初代国王の肖像画。    


 彼女はそれを無言で見上げた。


(……レガリス。あんたの国がどうなろうと、今の私とってはどうでもいい)


 かつての友への甘い感傷など、過去と共に切り捨てた。    


 だが。


(だけど、あの化け物に、あんたの生きた証を消させるのだけは我慢ならないのよ)


 それは、国への忠誠から出た思いではない。

 

 かつての友との約束と、自身のプライドを懸けた、新たな戦いに向けた宣誓だった。


(安心なさい。あの女は私が殺す。……そのためなら、なんとしてでも私は解に辿り着いてみせる)


 エレアノールは不敵に笑った。    


 その笑みは、国を守る英雄のそれではない。  


 世界を敵に回してでも真理を掴もうとする、恐るべき魔女そのものだった。


 彼女は扉を押し開ける。  


 その背にもはや迷いはない。


 敗北の傷跡よりも深く熱い、燃え盛るような執念の炎が宿っていた。

第一章、王国編を読んでいただきありがとうございました!

次回より第二章、共和国編に突入します!

新たなるミスリル級もいきなり登場します!

お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ