怖がり幽子ちゃん
「(はぁ……怖いなぁ……)」
幽子(ゆうこ)は教室の片隅で、いつもの様に縮こまっていた。
「(今日こそ、苛められるんじゃないかなぁ……怖いよぉ……)」
プルプルと震える幽子。そう、この礼 幽子(れい ゆうこ)は極度の怖がりなのだ。
「(ノートは……綺麗……教科書は……破れてない……)」
幼い頃から、高校一年生になった今でも欠かさず続けているルーティン。幽子は持ち物を一つ一つ確認して鞄にしまう。
その時、窓の外をふと見ると、女子生徒が逆さまになって落ちていくのが見えた。ぐしゃり、と音がする。
だが、誰も騒がない。みんな、楽しそうに友達と喋っている。
「(変な因縁とかつけられる前に、早く帰ろう……)」
幽子は荷物をまとめ席を立った。
ガタンガタン……。
幽子は吊り革を持って、電車に乗っていた。
「(うぅ……痴漢にあいません様に……)」
幽子は下を向いて震える。すると……。
ぐしゃあ……!
そんな音が鳴ったかと思うと、窓の外に鮮血と人間の四肢や内臓が飛び散っていた。
だが、誰も騒がない。電車も普通に走っている。
「(痴漢にあう前に早く着いてほしい……)」
幽子はそう思いながら窓の外を眺めていた。
最寄駅から歩いていると、公園が目に入る。
「(ブランコも滑り台も怖かったなぁ……。怖かったっていうか、今も怖いけど……。それより、今は不審者と思われないかが怖い……。早く帰ろう……)」
公園の前を通り過ぎようとすると、ジャングルジムが見えた。その横に、頭が割れて血が大量に流れている少年がいた。
だが、誰も騒がない。子供達は元気に遊び、親達はお喋りに夢中だ。
その少年は幽子に向かって笑いかけ、手を振った。幽子も微笑み、少年に手を振る。
「(スーパーかぁ……店員さんも、お客さんも怖いよぉ……)」
幽子は母親から帰りに牛乳を買ってきてと言われたので、帰り道のスーパーに寄っていた。
「(何もありませんように……)」
無事、牛乳を買い、マイバックに入れようと買い物台に牛乳を置くと……。
「はぁ? お前なんだコラァ!!」
「お前こそなんだぁ!!」
突然、怒号が聞こえてきて、そちらを向くと、おじさん同士が何やら揉めていた。
「お前がぶつかってきたんだろ!!」
「それは、こっちのセリフだ!! 謝れ!!」
「お前が謝れ!!」
幽子は怯えに怯えた。
「(うわわわわ……お客さん同士の喧嘩だぁ……。なんで、そんな血の気が多いのぉ……。やだもう帰るぅ……)」
急いで牛乳をマイバックに入れようとしたが、何かに引っかかった。
買い物台から枯れ木の様な手が生えて、牛乳を掴んでいた。
だが、誰も騒がない。店員も、横の客も、各々の事をしている。
「これ、私のだから」
幽子は、手から牛乳をもぎ取り、マイバックに入れ、その場から去った。
家に帰ると、血だらけの落武者が玄関前に立っていた。
だが、誰も騒がない。道行く人や自転車は、何事も無いかの様に通り過ぎてゆく。
『おがえり……』
「ただいま」
幽子は落武者の挨拶に答え、家に入った。
「ただいま……」
「幽子おかえり! 牛乳はー?」
「あるよ……」
幽子は台所の母親に牛乳を渡す。
「(普通の牛乳でいいんだよね……? 低脂肪とか特濃とかじゃなくていいんだよね……? この値段でいいんだよね……?)」
「ありがとう~! 後でお金渡すから!」
「う、うん……」
幽子は胸を撫で下ろした。
そして、夕食後……。
「そういえば、幽子、テスト帰ってきたか?」
父親の言葉に幽子は、びくり、と体を震わせた。
「う、うん……。こ、これ……」
ソファーの横に一旦置いておいた鞄からテストの回答用紙を取り出し、父親に渡す。
「(はぁ……九十八点一個とっちゃったんだよね……。怒られるかなぁ……あーやだやだ怖いよぉ……)」
「幽子……お前……」
幽子は身を硬くする。
「凄いじゃないか! よく頑張ったな!」
「あ……うん……」
幽子は、ほっとする。
「今日もなんとか乗り越えられた……明日はどうなるんだろう……怖いなぁ……」
そう言って幽子はベッドに入り目を閉じる。
『あ……あ……』
「ん……」
幽子は寝苦しさで目を覚ました。
『殺す殺す殺す……憎い憎い憎い……憎い憎い憎い!!!』
女の『幽霊』は、幽子に襲いかかった。
バシィッ!
『……!?』
女の幽霊は幽子の持つお札に弾かれた。
「はー、ほんっとさぁ……」
幽子は、ゆらりと立ち上がる。
「こっちは毎日心身削ってんだよ!! お前みたいなのの相手してる暇ねぇんだよ!! さっさと消えろっ!!! 寝かせろっ!!!」
『……!?』
ドタバタ……ドタバタ……。
「またやってるわねぇ……」
騒ぎで目を覚ました幽子の母は呟く。
「あんなに怖がりなのに、幽霊は全く怖くないんだからなぁ」
同じく幽子の父も母に言う。
「拝み屋の血筋かしらねぇ……」
母は頬に手を添える。
「足して二で割ったら、ちょうど良いのにな!」
父は豪快に笑う。
「笑い事じゃないわよ……」
「悪霊退散!!」
『ぎゃあああぁぁぁぁ…………!』
幽子の除霊で、悪霊は消えていった。
「……ふう」
幽子は一息つき、部屋を見回す。
「寝よ」
そう言って再びベッドの中に潜りこんだ。
「いってらっしゃい、幽子」
次の日の朝、母は穏やかに幽子を見送る。
「……いってきます」
幽子は、とぼとぼと歩き出す。
『いっでらっじゃい……』
玄関前の落武者が挨拶する。
「いってきます」
幽子は微笑んで、返事をする。
「はぁ……今日も一日が始まる……」
空を見上げ、憂鬱な顔を浮かべる。
「なんで世界は、こんなに怖いんだろう……」
そんな幽子の日常は続いていく……。




