5-3.悪役令嬢、運命に出会う
旅の終わりは壮大な景色と共に訪れた。
海だ。
黒土の真ん中に大きな、水平線が続いている。湖かと思ったが、引いては寄せる波がある。
「わあー!海―!!うみだー!!」
ルドは海に向かって走った。波に触れようとして、急ブレーキをかける。
(あれ?ここ、黒土の海だよね?入って大丈夫?毒とかない?)
すると、突然、アギトに持ち上げられる。米俵のように運ばれ、海に落とされた。
「え…わぷっ……ひ、酷っ!!」
しばらく、落ちた場所で抗議していると、肌が焼けるように痛くなってきた。
「いっ!痛っ!いたたたたたた…!」
「ここは死海だ。死んだ霊が宿る海。」
「サムターンの風は、呪いだ。解呪するには術をかけた本人か、呪いを吸い取ってくれる媒体が必要だ」
「死霊ってなに!?こわっ!」
「怖がる必要はない。呪いを喰らうだけだ。」
「いやいや、怖いって!」
「死霊は呪いを喰って、天に帰る」
「ほら」と、アギトが見上げる先に、白い煙が天に昇っていく。
これはWin-Winの関係なんだろうか。でも怖い。霊とか聞いてない。これ乙女ゲームじゃなくて、ホラーゲームでしたっけ?と、ルドは身震いする。
痛いのも嫌だけど、心霊現象も嫌だ。
「ここに一か月も居れば、癒えるだろう」
「い、いっかげつぅ!!」
目を瞑っていたルドは目を見開いて、アギトを信じられない!と見た。なんでそんなに平気そうなの?死霊だよ!幽霊だよ!THAT’S GHOST!
「そういうことは、先に言ってよ」
死海の波打ち際の洞窟で、ルドは抗議した。アギトが不思議そうな顔でルドを見返す。
「呪いとか、死霊とかさ…」
「先に言ったら何か変わるか?」
「変わんないけど…変わんないけどさあ!心構えとか色々出来るじゃん!」
「心構えが必要か?」
「アギトには必要ないかもだけど、オレには必要ですぅ!」
あ、と思う。アギトと呼び捨ててしまった。しかも命の恩人に随分な言いようだ。しかし予想に反して、アギトは笑った。初めてかもしれない。
「それでいい」
「え?」
「名前、初めて呼んだな」
「あ、うん。アギトって呼び捨てしていいってこと?」
「それがいい。お前には名前で呼ばれたい」
アギトが今度こそにっこりと笑った。ルドは少しの間、その笑顔に呆けた。
(こ、この男は~///)
そして、突然の甘い言葉に赤面した。
**
それから一か月、ルドは日がな一日、死海で浮いていた。
プカプカ浮かぶ。
元の世界の死海と同じで塩分濃度が濃いのだろう。ちょっと頑張らないと、浮きながら全身浸かれない。
(人間って慣れるもんだなー…)
ルドは、最初怖がっていた死霊にお別れの挨拶が出来るくらいには慣れた。よく見ると、海
の中に黒く蠢く影が見える。その影はルドの皮膚に触れて、白い煙となって、空へ登る。その時に顔が見える霊がたまにいるのだ。
あれは人だったのだ。そして、どうしていいか分からず死海を彷徨っている人だったもの。
自分も乙女ゲームの世界で迷走している。少しだけ親近感を覚えた。
痛みの次はかゆみに悩まされることとなった。肌がペリペリとかさぶたのように捲れる時期にかゆみを伴う。ゆっくり剥がれ落ちるのを待つのはしんどい。
「か、かゆい…」
「掻くなよ」
「え、掻いちゃダメなの!?」
なら、ムヒちょうだいよ!と心の中で叫ぶ。
「掻くと、皮膚が再生する前に剥がれて、死海に入る時に激痛だぞ」
「う…がまん、します。」
ハハ、とアギトが笑う。最初、能面のようだった表情はずいぶん豊かになった。ルドはアギトにすっかり心を許していた。たとえこの後売り払われたとして、アギトを恨むことはないだろう。それぐらいに良くしてもらっている。
夜眠る時は、アギトに抱き込まれて眠る。しかしある時、はた、と気づいた。
(あれ?一緒に寝る必要ある?)
「も、もう平気だから、一人で寝る」
「嫌か。」
嫌が嫌でないか、で言えば…
「や、じゃない…嫌じゃないけど……」
「なら、いいだろう。」
アギトは平気な顔して、ルドを抱き込む。ふわりと潮の匂いがする。
こんなに甘やかされて大丈夫だろうか。前世のおよそ三十年間も含め、他人とこんな濃密な付き合いをしたことはなかった。毎日一緒に居て、抱き合いながら眠って…
(一人になった時、寂しくて眠れないとか、勘弁なんだけど…)
アギトは一体何を考えているのか。問いかけても大抵の答えは二単語くらいで返すので、話が弾まない。これは徹底的に詰める必要があるかもしれない。




