5-1.悪役令嬢、運命に出会う
果てしなく続く荒野に一迅の風が吹く。風によって黒い土が舞う。黒土とは本当に黒い土で覆われた荒れ果てた大地だった。
ルドヴィカ、改め、ルドはひとり、黒土を歩く。
兄が持たせてくれた方位磁針はすでに役に立たなかった。夜、星を見て、方角を決め、昼はその方向にただひたすら歩く。
何があるかも分からない黒土を一人彷徨っている内に、自分が何故ここにいるのかすら分からなくなってくる。皮膚の病はすでに体の半分を覆って、歩く度、肌がこすれて痛かった。夜になると熱をもって、じくじくと痛む。眠れない日々を過ごし、病はルドの体力と精神を少しずつ蝕んだ。
(死に向かっているみたい…)
黒土を歩きながら、死に場所を探している国を追われた罪人。
ルドはいつしか、歩みを止める。黒い土から、顔を出したわずかな植物が目に留まる。その植物は根を黒土の奥深くまでしっかりと張り、固い荒野で生きている。
(まだだ。まだ諦めない……)
ルドは座り込んで、萎えた膝を叩いて立ち上がる。ふるふると足が震えた。黒土では魔法は使えない。同様にあらゆる道具が壊れてしまう。兄は磁場の影響、と言っていた。ルドにはそれが何か分からなかったが、この黒い土が影響しているのだろう、ということだけ感じていた。
ふらふらと歩みを進める。
進んでいるのか、戻っているのかも分からず、もどかしい時間だけが過ぎていく。
(くそっ…!聖女め…)
心の中で悪態をつく。ルドの中に、もはや令嬢らしさなどかけらもなかった。
――痛い
――苦しい
――熱い
――誰か
――誰か、助けて。
いつしか夜になり、流れ星がひとつ東の空へ落ちていく。
ルドは目を覚ました。いつの間にか、眠っていたのか。いつ、どうやって、眠ったのか思い出せない。
ぱちぱちと、薪の爆ぜる音がする。そして――人の気配
ハッと、飛び起きる。
そこには黒い髪の大柄な男が居た。
「目が覚めたか」
男は落ち着いた低い声で、ルドに言った。
「あ、あなたは…?ここは…?」
驚くルドに男は表情を変えず、火に薪をくべた。
男は無言で、火で温めた飲み物をコップに注ぎ、ルドに差し出した。
ルドは男を凝視したまま、動かない。
「…行き倒れているところを見つけた。飲め。体が温まる」
「あ、ありがとう。」
おずおずと受け取り、恐る恐る口をつける。
(おいしい…)
ただのお茶のようだが、体に染み入るような気がした。体が水分を欲していたのだろう。
「あの、ルドといいます。貴方は?」
“僕“と言うか、”俺“と言うかで迷ったルドは、結局それを諦めた。
「アギト」
アギト、と名乗った男がルドに目を合わせる。
(あ…目が、瞳が黒い…)
ルドはその瞳を見つめかえした。郷愁を覚える。公爵領ではない。前世の、日本に。
(懐かしい。帰りたい。)
無意識の内に、ルドはアギトに手を伸ばしていた。アギトの頬に手を添え、顔を近づける。涙がぽろりと落ちる。アギトは何も言わず、表情のひとつも変えず、ルドの好きにさせている。
ルドは流れ落ちる涙を拭いもせず、アギトの頭を抱えた。
(会いたかった。ずっと、ずっと…)
何故、そう思ったのか分からない。思い返せば、初対面の、それも男同士で恥ずかしいことをしてしまった。しかし、この時は強烈に思ったのだ。彼に会いたかった、と。




