後日譚4(緑の神聖国のその後)
緑の神聖国には、結局アギトも同行していた。
青の王国での日々は、退屈な裁判の連続と貴族たちの付き合いに明け暮れるばかり。
そんな暮らしに嫌気が差した彼は、王城を抜け出すようにルドの後を追ったのだ。
ルドは置いて行かれたことをいまだ根に持っており、その件については、隣を歩くアギトを視界に入れようとすらしない。
神聖国の神殿に着くと、神官長セシルが柔らかな笑みで出迎えた。
その声音は落ち着いていて、言葉には重みがある。
ルドは胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。神秘的な雰囲気をまといながらも、少年めいた外見との落差が、逆に包容力を際立たせているのだ。
その隣で、アギトの眉間に影が落ちた。
(……何故、この嫉妬を青の王国で見せてくれなかったのだろう)
答えは当然、ルドの相手への好感度の高さなのだが、
ルドがそれに気づくことはない。
話し合いは順調に進み、神聖国からは慈善事業の知識や運営の工夫までも惜しみなく伝授された。成果を得たルドは満足げな顔で会議室を後にする。
神聖国との話し合いは、部下を交えてとんとん拍子に話が進み、
最終的に慈善事業のノウハウまでレクチャーしてもらえるという。
ルドはほくほく顔で会議室を後にする。
セシルがルドに話しかけた。二人は歩きながら世間話をする。
廊下を並んで歩く中、セシルが声をかけた。
「この後は白の王国へご訪問、と伺いました」
「はい。紅玉のお礼と、事の顛末の報告を兼ねて」
「白の魔王様には何度かお目にかかったことがあります。神聖国が独立を認められたのも、あの方が魔王になられた時ですから。慈悲深い御方ですよ」
「……慈悲深い?」
「大丈夫ですか」
「ええ」
セシルに笑いかけつつも、アギトには一切視線を向けない。まだ制裁中なのだ。
「青の王国で置いて行かれたんです。だから、まだ怒ってるんですよ」
わざと聞こえるような声で言うと、アギトの肩がわずかに揺れた。
セシルは小さく目を細める。
「なるほど。過保護なあなたにしては、ずいぶん大胆なご判断でしたね」
アギトはセシルの問いかけを無視した。
「喧嘩というほどではありません。ただ、僕が勝手に拗ねているだけで」
ルドはそっぽを向いたまま答える。
「……でしたら」
セシルは足を止め、真剣な眼差しでルドの手を取った。
「私にも、まだ望みがあると思ってもよろしいですか」
ルドは息をのんだ。
その言葉に軽薄さはなく、静かな自信と誠実さが込められていた。
だが返答するより早く、アギトがその手を強引に引き離す。
「ない。望みなど一つもない」
低く鋭い声が、廊下に響いた。
ルドは抱き上げられるまま客室に連れ込まれ、抗議の言葉を吐く。
「ちょっと!アギトの部屋は隣でしょう!」
つっけんどんに突き放すその声は、怒りと戸惑いがないまぜになっていた。
(こっちは一人で一か月間、誰も知らない国で、毎日退屈な裁判を朝から晩まで広聴し、その合間には貴族からの挨拶の嵐……!本当に大変だったんだ。ちょっとくらい焦ってみろ!)
アギトはルドを半ば乱暴にベッドへ降ろした。
その金の瞳は怒りとも焦りともつかぬ色を帯びていて、普段の冷静沈着さからは程遠い。
「ないと言ったはずだ。セシルなどに渡す気はない」
「……そんなに大声で言わなくても」
ルドは腕を組んでぷいと横を向いた。拗ねている子どものような仕草。
しかし、心臓は妙に高鳴っている。アギトがここまで感情を露わにすることは滅多にないのだ。
「置いていったのは悪かった。だがあの時は――」
「言い訳なんて聞きたくない!」
アギトの言葉を遮って、ルドはベッドに突っ伏した。
自分でも幼稚だと分かっている。けれど素直に許せない。
頭を撫でようと伸ばされた大きな手を、思わず払いのける。
「……なら、もう二度と離れない」
そう言って、ルドの手を強く握りしめた。
ルドはむすっとしながらも、握り返してしまう。
「……本当にだぞ?また置いて行ったら、一生怒るからな」
「その時は……俺の命で詫びよう」
「重いわ!!」
思わずルドが突っ込むと、部屋に張り詰めていた緊張がふっとほどけた。
アギトはしばし沈黙し、ルドの背中を見下ろした。
やがて膝を折り、その横に静かに座る。
「罰を受けよう。おまえの気が済むまで、何でも言え」
ルドは顔を上げた。アギトの声音は誇張も虚勢もなく、ただ淡々としていて――かえって胸に刺さる。
「なんでも……ほんとに?」
「ああ」
ルドはしばし考え込んでから、子供っぽく言い放った。
「じゃあ今日から三日間!ずっとオレの世話係!」
「世話係?」
「ご飯も着替えも、寝る前の紅茶も!全部だ!」
思いつきで口走った無茶な要求。けれどアギトは、わずかに口元を緩めて頷いた。
「分かった。それでおまえの気が済むなら」
ルドは頬を赤らめて再び横を向いた。
(……ほんとにやる気だ。なんか、悔しいけど、ちょっと嬉しい)




