4.悪役令嬢、懐かれる(アレクシス視点)
初めてルドヴィカに会った日のことを、アレクシスは今でも鮮明に覚えている。
金の髪を風に揺らす自分とは対照的に、彼女はまるで月の光をそのまま閉じ込めたような銀色の髪をしていた。
「ルドヴィカ・フォン・エルヴェストと申します。よろしくお願いします、アレクシス殿下」
きらりと光る菫色の瞳に見つめられ、言葉が出なかった。
「可愛い」なんて口にしたら、王妃に眉をひそめられるのはわかっていたから、ただ頷くしかなかった。そのときは、これほどまでに彼女に振り回される未来が待っているなんて、想像もしていなかった。
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「アレク、もっと肩を使うのよ! こう、ぐるんって!」
「ぐ、ぐるんって何!? そんな遊び、僕やったことないよ!」
初めてルドヴィカに引っ張られて泥遊びをした日。王宮深く、大事に守られ、育てられたアレクは泥を握ることさえ生まれて初めてだった。
「いくよ、えいっ!」
ベシャッ!
見事、額に命中。金色の髪が泥でぐしゃぐしゃになる。
「ルルーっっ!! 僕、王子なんだよ!? 母上に怒られるんだよ!?」
「平気平気!どうせ洗えば落ちるんだし!」
平気じゃない。絶対に母上は怒る。
でも、怒られるとわかっていても、ルドヴィカと遊ぶのは楽しかった。その日の夜、案の定こっぴどく叱られた。でも、アレクシスは布団の中でこっそり笑っていた。
(……ルルー、明日はどんな遊びを教えてくれるのかな)
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ある年の冬、アレクシスは高熱で寝込んでいた。
ひとりで寝台に横たわっていると、静かな部屋に扉を叩く音が響く。寂しい。母上も父上も政務で忙しく、見舞いには一回も来てくれない。
「げほっ……げほ、ごほ……」
「大丈夫?」
突然、ベッドの横に現れた小さな銀色の塊にアレクシスは驚く。
「うわっ!びっくりした!!ルルー、ごほっ…!げほ…なんで?」
「あ、ごめん!びっくりさせちゃった? これお見舞い!」
「ルルー、ダメだよ、病気うつるから……」
ルドヴィカは小さな手に握られた花束を、アレクシスの枕元にペイっと置く。
「……ありがとう。」
こんなふうにお見舞いされたのは初めてだった。
父上も母上も忙しく、王太子という立場上、いつも周囲は距離を置く。乳母ですら、ある時から気軽に接してくれなくなった。
「母上に怒られるかもしれないから、今日は帰りなよ」
「私、病気なんてうつらないし」
無邪気に笑うルドヴィカを見て、アレクシスは胸の奥が温かくなるのを感じた。
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ルドヴィカと出会うまで、アレクシスの世界は王宮だけで完結していた。
誰も彼に意見をしない。怒鳴る者も、からかう者もいない。
でもルドヴィカは違った。泥団子を投げてくるし、木登りに誘ってくるし、王子としての威厳なんて一瞬で吹き飛ばしてくる。それが不思議と、心地よかった。気づけば、彼女の後ろを追いかける自分がいた。
「ルルー、今日は何して遊ぶ?」
「遊ばない!今日はこの本を読むの!」
「えぇっ……じゃあ僕も本読む!」
王太子なのに、まるで子犬のように彼女に懐いていく。
自分でも呆れるけれど、それが自然で仕方なかった。
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そしてある日、突然父上から告げられた。
「アレクシス、お前の婚約者が正式に決まった。ルクレツィア公爵家の娘、ルドヴィカだ」
婚約という響きは重すぎて、まだ理解できなかった。でも、「ルドヴィカと一緒にいられる」という事実に、胸が高鳴ったのは覚えている。
……このときのアレクシスは、知らなかった。
十年後、自分が彼女に対して「婚約破棄」を告げる未来を。




