16-3.悪役令嬢、聖女と最終対決をする
翌日、アレクシス殿下と兄への説明は最初の一言で躓いた。
「聖女と友人?…あの?聖女と?」
「違う違います!聖女になる前の、えっと…前世?」
「つまり、あの女に前世で殺されて、今世で二度も殺されかけた、と。それは本当に友人だったのか?」
「前世のオレは友人だと思ってました。」
聖女は少なくとも一度目、断罪の時はルドが琉瑠だと気づいていなかったはずだ。
「お前、友達作るの下手くそだもんな」
「兄さまには言われたくないっ!」
「それで?ループとやらを防ぐ為に、なんとしてもあの女を倒さなくてはならない、ということか」
「そうです。ループされたら、オレ達には記憶が残らない。不利な状況になります」
「あの女を無力化出来たのなら、放っておけばよいと思ったが、そういうことなら、放っておくわけにもいくまいな。」
アレクシスは眉間の皺を一層寄せた。
「オレたちは聖女を追います。兄さま、また運び屋を呼んでもらえますか?」
オルフェウスが頷く。
アレクシスはもしルドが聖女を打ち損じた場合も考え、万全を期すべく、オルフェウスに指示を出す。
「オルフェウス、王国内の聖女派の炙り出しを引き続き行え。ついでに国内外に聖女は青の王国を滅亡寸前まで追い込み、サムターンの呪いを広めた魔女だったと知らしめよ。」
「承知しました」とオルフェウスは珍しく反抗せず、恭しく礼をした。
***
虚鯨は白い光の帯の中を、尾に虹色の雲を引き、進んでいく。
オルフェウスは前回と同じく、運び屋のアマシュと虚鯨のマルドゥーンを手配してくれた。
ルドとアギトを乗せ、マルドゥーンが死海へ向かう。
空気の層から死海が見えると、マルドゥーンが「オオオォン」と鳴く。
二人は一時も無駄にしない為に、視界が開けた瞬間にマルドゥーンの背から飛び降りた。
視界の隅でアマシュがサムズアップするのが見えた。
ルドはアマシュに頷いてみせた。
その瞬間、轟、と地鳴りのような音が響いた。
次の瞬間、虚鯨の巨体が大気を震わせ、天へと潮を噴き上げる。
吹き上げられた水飛沫は、夕陽を浴びて七色に砕け散った。
黒土の荒涼とした大地の上に、虹の弧がかかる。
血と呪いに満ちた世界の片隅で、それだけがあまりにも澄んで、美しかった。
「……きれい」
ルドは思わず呟く。
人の業も呪いも届かないところで、この鯨だけが悠然と呼吸をしている。
その一瞬だけ、荒れ果てた黒土が聖域のように見えた。
ゆっくりと魔法で地上へ降りていく。
まるであの夢の再現のだ、とルドは思った。
黒土に沈みゆく夕日を背に、影がのたうっていた。
皮膚は崩れ落ち、黒い呪いの筋が骨の形を浮かび上がらせている。
それでもなお、眼だけは──狂気に燃えていた。
(……エリカ)
ああ、やっぱり――あれは予知夢だったのだ。
名前を呼びかけそうになり、ルドは唇を噛んだ。
違う。あれはもう、高校時代に隣で笑っていたエリカではない。
かつて「親友」だと信じていた少女は、呪いと妄執に食い尽くされ、ただ「聖女エリス」という怪物になってしまった。
「……どうして、そこまで」
呟きが喉の奥で震えた。
勝ちたい、負けたくない、そんな気持ちだけでここまで壊れるものなのか。
自分が何度も逃げ出した過去を、今度は彼女が抱えて潰れていく。
胸がざわつく。
とん、と二人は黒土の大地に降り立った。
死海を背にして、聖女エリスの前に立ちはだかる。
(こんなふうに壊れてまで、まだ抗っているのか……)
助けたいのか、討たねばならないのか──わからない。
ルドは大丈夫?と、声をかけたい衝動を必死に抑えた。
アギトが隣で剣を握り締める気配に、ルドはかろうじて現実へ引き戻された。
「聖女エリス、決着をつけよう」
エリスは、落ちくぼんだ瞳をぎょろりとさせ、ルドを見据えた。




