16-2.悪役令嬢、聖女と最終対決をする
その夜は冬だというのに、なぜか寝苦しかった。
ルドは夢を見ていた。
丸い塔の螺旋状の石段を降りている。
降りて、降りて、降りて。
まるで際限がないように、次々に壁と壁の間から階段が姿を現わす。
(どこまで続くんだろう…)
ルドは降りてきた階段をふと振り返る。
何の変哲もなかったはずの空間がぐにゃりと曲がった。
石段は暗闇に変わり、足場が崩れ落ちる。
――ルドの体がゆっくりと降下する
真っ暗な暗闇の先、下に誰かが歩いている。
――エリカ
ルドはその姿を見て、何故かすぐにエリカを思い浮かべた。
箒の柄のように細い手足に、黒ずんだ肌。ところどころ欠け落ちた体は、人形めいていた。
「聖女エリス」
ルドは彼女を呼んだ。
しかし、彼女は応えない。まるでルドなど見えてないように振舞う。
やがて、エリスの周りが明るくなり、黒い土埃を風が舞いあげる。
ここは――黒土
(エリスは黒土にいる。死海に向かっているんだ…)
エリスの歩く先に死海は見えない。
空が俄かに陰り、「オオオォン」と虚鯨の鳴く声がした。
黒い影はエリスを覆ったが、エリスは見向きもせず前へと歩いている。
そこで、映像は途切れた。
***
目を覚ますと、背中が暖かい。ルドはアギトの腕に抱かれ、眠っていた。
(いつの間に…眠っていたんだろう)
アギトの前で大泣きした記憶がよみがえる。
(泣いて、そのまま眠ったのか。)
ルドは起こさないように慎重にアギトの腕をどかせ
二人が向き合う形に向きを変えた。
アギトの顔をまじまじと見つめる。
(アギト、クマが出来てる。それにしても綺麗な顔…)
黒く長いまつげに、高く通った鼻筋、形の整った唇に、男性らしい輪郭
ルドは触れるか触れないかのギリギリのラインでアギトの顔をなぞる。
「やっぱり好きだな」
「そうか。それは良かった」
「うわぁっ!」
まさか答えが返ってくると思っていなかったルドは驚いて声を上げた。
「アギトっ!起きてたの?あ、オレが起こしちゃったのか…」
「ごめん」とルドはしょんぼりと謝る。
「何があった?」
「うん、夢を見た。聖女が死海に向かってる夢。もうボロボロで…人に見えなかった。」
「やはり死海に向かったか」
「虚鯨が鳴いてたんだ。」
ルドが掻い摘んで話すと、アギトは難しい顔をして言った。
「予知夢か、過去視か、判断に迷うところだな。いずれにしろ、黒土へ向かうしかない。明日、オルフェウスに運び屋を頼もう。今はもう少し眠れ」
アギトは優しくルドの額を撫で、微笑む。
「そうだ!悪魔からオレの魂を守ってくれたのって、アギトだよね?悪魔が呪術師に邪魔をされたって言ってたんだ」
「ああ…魂の浸食のことか」
「そうそう!悪魔がオレの魂の一部を繋いで、魔力を吸い取ってたらしいんだよ」
“吸い取ってた”の辺りで、アギトの眉間にぎゅっと皺が寄った。
「大丈夫!ちゃんと魔力は返してもらったんだ」とルドは得意げに話す。
「俺では浸食を止めることしか出来なかった。本来なら、光魔法の使い手に委ねるべきだった…」
「そんなことない。アギト、ありがとう。いつも、知らないとこまで、助けてくれて。責めたかったんじゃない。お礼が言いたかったんだ。」
「俺は呪術師だ。本来なら、守る側の人間ではない。お前を光の者に預ければ、もっと安全に、早く浸食を取り除けた。それでも側にいたのは……ただ、離したくなかったからだ。
そんな俺に感謝するな。」
苦しそうに下を向くアギトの顔を覗き込んでルドは告げた。
「そう?でも結果的に、悪魔が憑いてたおかげで、聖女の攻撃を悪魔が受け止めてくれたんだ」
「だから、結果オーライじゃん」とルドは軽く言う。
「それに…この世界に面倒事を持ち込んだの、オレかもしれないし…」
ルドはそのことを思い出し、アギトから目をそらした。
(アギトが狙われてるのも、“琉瑠“の推しだったから…だよな…)
そのことをどう説明したものか、悶々と悩んでいる内に瞼が重くなっていく。
「明日、明日話すね…」
ルドはそう言ってまた眠りについた。
アギトは息を吐いて、ルドの肩に毛布を掛け直す。
窓の外はまだ高く昇った月が辺りをほの白く照らしていた。




