3.悪役令嬢、転生する
気づいたのは、五歳の誕生日の朝だった。
「うそ……うそぉ!!ここって乙女ゲーム、“Colors”の中…!?」
鏡に映る銀色の髪と菫色の瞳。
見慣れないほど整った顔立ちに息を呑んだ瞬間、頭の奥にじわりと蘇る記憶。かつて夢中でやりこんだ、あの大人気乙女ゲームの登場人物だ。
舞台は“Colors“という異世界。
聖女エリスが主人公となり、五つの国の五人の攻略対象と恋をする物語。
特徴的なのは、攻略対象それぞれに設定された“メンバーカラー”だ。
金:アレクシス・リュミエール
西に位置する金の王国の第一王子であり、黄金の髪と琥珀の瞳をもつ。尊大俺様系。
攻略難易度:★★★
赤:レオン・ヴァレンタイン
南に位置する赤の王国の騎士団長、赤いマントと炎のような瞳の熱血漢。初心者ルート。
攻略難易度:★☆☆
青:ユリウス・アーデルハイド
北に位置する青の王国宰相補佐兼、魔導士団副団長。青の髪と眼鏡のツンデレ枠。
攻略難易度:★★☆
緑:セシル・フォン・エヴァンス
東に位置する緑の神聖国の神官長。エルフ族の癒し系、年下ワンコ枠。
攻略難易度:★☆☆
白:ダリウス・ノクス
空に浮かぶ白の王国(魔族)を統べる王、寡黙・冷酷、攻略すると一変するヤンデレ枠。
攻略難易度:★★★
そして──ゲームを揺さぶる “悪役”がいた。
──ルドヴィカ・フォン・ルクレツィア、悪役令嬢。
ゲーム本編では聖女主人公に嫌がらせを繰り返し、最終的に王子から婚約破棄され、公開処刑される運命。
「ああああああ!どうしよう!?このままじゃ悪役令嬢エンドまっしぐらじゃない!」
後ろに控える侍女がぽかんと口を開けたまま見つめているが、構っている余裕はない。
五歳の体なのに心は三十歳のOL、ルドヴィカは半泣きだった。悲観にくれるルドヴィカを侍女は優しく抱きしめてくれた。豊満な胸が当たって手の置きどころに困っている、体は五歳、心は三十歳のルドヴィカを。
ルドヴィカは元の世界に戻ろうとそれは必死になった。
しかし、何度寝ても覚めても、頬を抓っても、猛ダッシュしても、最後は湖に飛び込んでも──結果は変わらず。一向に現実の世界には戻れなかった。
(もう……ここで生きるしかない、ってことね)
そう諦めるまで一年。長かった。でも、諦めた瞬間に次の決意が固まる。
「悪役令嬢ルートから全力で逃げるわ!」
幸い、まだ第一王子アレクシスと顔を合わせていない。
婚約なんて絶対に回避する。できればゲームから“退場”して、静かに生きるんだ。そう心に誓ったルドヴィカは、まず魔法が使えないフリをした。
「ルルーは魔法が使えなくても大丈夫だよ。お父様がいいお婿さんを探してあげるからね!」
「お父様、ルルーはお父様とけっこんします!オムコサンイラナイヨ!」
……結果、お父様は感動のあまり涙を流し、「ならばルルーを守れる最強の婿を!」と暴走した。
そのまま第一王子との婚約候補として内定してしまった。
(ちょっと待って!?ゲームだとルドヴィカは魔王並みに強い魔法使いだったはずよね!?)
(大丈夫、だいじょぶ!魔力皆無の役立たずなら、王子の婚約者にならないはず……)
焦りながらも、まだ候補だし…と余裕をかましていた。
婚約者になんて絶対ならない──そう心に決めたルドヴィカだったが、父の無双により、あっさり王子と会うこととなる。
(これ、ゲームの強制力!?)
そして迎えた初対面の日。
金色の髪を太陽のように輝かせた小さな少年が、やや不安げな瞳でこちらを見ていた。
ルドヴィカの銀の髪と対のような色に、運命が定められている気がして身震いする。しかし、相手は子供。どうにでもなる…はず。
「……き、君がルドヴィカ?」
「ルドヴィカ・フォン・ルクレツィアと申します、アレクシス殿下」
大人顔負けの完璧なお辞儀をするルドヴィカに、アレクシスは戸惑ったように頬を赤くした。
(よし……この調子で距離を置こう、絶対仲良くならずに退場してみせる!)
……のはずだったのに。
**
ルドヴィカは頻繁に王妃教育を抜け出した。
問題児を演じて、妃候補を外してもらう作戦である。当然、一緒に教育を受けているアレクシスも巻き込む。より、問題児感が出ると踏んで。
ある日の午後
今日も今日とてルドヴィカは王妃教育を抜け出し、アレクシスと王宮の中庭で泥団子合戦に明け暮れていた。
「アレク!こうやって肩で投げるのよ!」
「ちょ、ちょっと待ってルルー!僕、こんな遊びしたこと──」
ベシャッ!!
アレクシスの金髪に、見事な泥団子が炸裂した。
「うわぁぁぁぁっ!?ルルー、ひどいよ!」
「大丈夫!髪は洗えば元通りよ!それより、ほら次はこの大きいやつね!いくよー!」
「や、やだぁぁ!母上に叱られるぅぅ!」
そう泣きながらも、泥だらけのルドヴィカに付き合ってしまうアレクシス。その日の夜、王妃にこっぴどく叱られたらしい。なのに、翌日も彼はルドヴィカを探してやってきた。
「……今日も遊ぶ?」
「え?まだ怒られてるんじゃないの?」
「うん……でも、ルルーと遊ぶと楽しいから……」
その笑顔に、ルドヴィカはなんとも言えない罪悪感を覚えた。
一緒に遊びたいという、遊びたい盛りの子供を放っておけるほど人非人ではない。
(成長してからは兎も角、今は可愛いし…冷たくなんて…無理!)
**
ある年の冬、アレクシスが風邪をひいて寝込んだと聞き、ルドヴィカは王宮医局の忠告を無視して部屋に乗り込んだ。
「げほっ……げほ、ごほ……」
「大丈夫?」
「うわっ!びっくりした!!ルルー、ごほっ…!げほ…」
「あ、ごめん!びっくりさせちゃった? これお見舞い!」
そう言って、野の花をアレクシスのベッドにペイっと置く。
「ルルー、ダメだよ、病気うつるから……」
「平気よ!私、人より丈夫だから!」
額に汗を浮かべながら必死に制止するアレクシスをよそに、ルドヴィカはへーきへーき!と、笑って取り合わなかった。
「……ありがとう。僕ね、こういうの、はじめてなんだ」
「え?」
「母上も父上も忙しいから、お見舞いなんてされたことなかったんだ」
そう呟いたアレクシスの声はかすかに震えていた。
ルドヴィカは何も言えず、ただそっと彼の手を握った。
(……だめよ。こうやって情が移ると、破滅フラグが濃くなる)
そう自分に言い聞かせながらも、ルドヴィカはアレクシスの手を離せなかった。
気づけば、アレクシスはルドヴィカにすっかり懐いてしまっていた。
どこへ行くにも「ルルー!」と追いかけてくるし、彼女の言葉に一喜一憂する。
(やばい……これ、絶対に婚約回避できないやつじゃん……!)
ルドヴィカの悪役令嬢退場計画は、開始早々、大きく頓挫していた。
ルドヴィカはアレクシスを弟のようにかわいがった。
しかし周りから見ると、手下、あるいは子分という関係性に見えたという。不可解だ。




