15-5.悪役令嬢、運命に抗う
ぺちぺち
ぺちぺち、ぺちぺち
「う…邪魔…!」
虫を払うように手で何かを振り払う。
「うべっ!」
何かの声がして、ルドは飛び起きた。
辺りは真っ暗だ。しかし、自分が暗闇に居るのが見える。
ルド自身が発光している。
「きさま、助けてやったのに、オレサマを払ったな」
小さな悪魔が、よちよちと歩いてきた。
「え?誰?」
「オレサマはバエル様だ!」
「…?」
「おっ!お前!召喚した悪魔の名前も覚えてないのかっ…!?」
「召喚?」
ルドは首を傾げて、5秒は考えた。
「あ!性転換をお願いした悪魔っ!」
「そうだ!お前の願いを叶えてやった、えらーい悪魔様だ!」
「…小さっ!」
(それに何だか幼稚っていうか、全体的に威厳がこそげ落ちてる)
「お前、なんか失礼なことを考えているだろう」
「いや、そんなことは…ていうか、ここ何処?」
「ここは深層心理の中。お前は死ぬ寸前ってところだ」
「えっ!?そうなの?!」
(何があったんだっけ?たしか…聖女に琉瑠って呼ばれて…驚いて)
そうだ、過去を思い出した。
“私”は、エリカに、聖女エリスに殺された。
彼女は、あの後この世界へ?
(だとしたら、神様ひどすぎる。またエリカに殺されるなんて…)
「んっ?死ぬ寸前って言った!?」
ルドは目の前の悪魔を掴み、揺さぶった。
「うおっ!おいっ!!オレサマをそんな風に扱っていいと思ってるのか!」
「あ、ごめん」
ルドは悪魔を床に下ろすと謝った。
「ふんっ!」
悪魔は埃を振り払うように短い手でパパッと体を払った。
そのしぐさが様になっていなくて何だか可愛い、とは言わない方がいいのだろう。
「あのー…オレ、どうすれば戻れる?」
「それを悪魔に聞くのか?代償がいるぞ」
「えー…オレなんも持ってないよ」
「目玉でも指でもいいぞ。」
「やだよ…」
「まあ、いいだろう。お前はオレサマを十分楽しませたから、特別に教えてやろう」
「ホント?お前いい奴だなぁ!」
ルドが乗り出す。
悪魔は得意げにしっぽを揺らしながら言った。
「契約した時にお前の魂の一部と繋いでおいたからな!途中から呪術師が隠してしまって上手く干渉できなくなったが、面白い見世物だった!」
「は…?お前ずっと覗き見してたのか!?」
「ちょっと繋がって魔力をもらってただけだ!最近、オレサマクラスの悪魔は召喚出来る奴が少なくなって、退屈してんだよっ!」
「おい…!覗き見だけじゃなくて、魔力まで盗んでたのか?」
ルドは再び悪魔を掴んで、持ち上げる。
小さいその羽を両手で引き裂くように引っ張てみた。
「いてて!!やめろ!やめてくれ!!!謝る!悪かった!魔力は返すから!」
(アギトが言ってた、高位の悪魔は人を騙すってこういう事か。オレ、知らない間に搾取されてたんだ…)
しかも、裏でアギトがフォローしてくれていたなんて。
情けなさに涙が出そうだ。今度は、悪魔を握りこんだ手にぎゅうっと力が入る。
「ちょっ…!マジで!やめろっ…」
「わ、分かった!全部、全部話す!」
「ホントに?」
「悪魔は嘘をつかない。」
(それが嘘くさいっての)
しかし、今は信じるしかない。話してみろ、とルドは悪魔を促した。
「聖女がお前の魂を攻撃した時に、偶々(たまたま)オレサマの魂を引き裂いた。オレサマが身代わりになってやったおかげで、お前は助かったってわけだ。お前の魂の一部を結んでいた繋がりは切れて、今こうして話せている。オレサマに感謝しろ」
「感謝しろって言ったって、勝手に寄生して勝手に攻撃されただけじゃん…」
「うるさいっ!さっきも言った通り、お前はまだ死んでない。“目覚めれば、起きる”」
「だからどうやって…」
悪魔がうっすらと消えていく。
「え?お前消えて…」
「これでこのバエル様との契約は終了だ」
「ま、待てよ!オレ、女には戻らないよな?」
「戻りたいか?再契約すれば、戻してやらんこともない。特別に負債で支払っても良いぞ」
「まさか!?戻りたくないよ。オレはこのまま、男のまま生きたい」
「本当にいいのか~?女に戻れば、あの呪術師との子が産めるぞ」
「…いい、いいんだ。オレはこの姿でアギトの事を好きになったんだ。このままのオレがいい」
「ふぅん…残念だ。もう少し退屈しのぎが出来ると思ったが…」
最後の言葉が虚空に溶けると、悪魔の姿は完全に消えた。
「ちょっと!ちょっと待って!“目覚めれば起きる”ってどういう事!?教えてから消えろよー!」
ルドは暗闇の中、叫んだ。叫びながら――「クソ悪魔!!」と飛び起きる。
「……あれ?」
視界が定まり、ルドは自分がふかふかのベッドにいることに気づいた。隣には、乾いた顔で狼のように目を細めたアギトが立っていた。髪は乱れ、唇はかすかに震えている。
「ルドっ!」
アギトが飛びつくように抱きつき、ルドの身体をぎゅうと抱きしめた。腕の力は強く、久しぶりに心臓が震えるような温度を感じる。
「……アギト」
ルドは声を絞り出す。胸の中にあった冷たい塊が、ぎゅっと押しつぶされるように和らいだ。
アギトは顔を引き寄せて、額をルドにこすりつけるようにして言った。
「良かった…目覚めた…体は?どこか痛いところは?苦しくはないか?」
「うん……大丈夫」
ルドの言葉は喉でつまる。
あの映像の鮮烈さが、まだ皮膚の下で疼いている。
アギトは静かに息を吐いた。彼の声はいつになく低く、真剣だった。
「もう目覚めないかと思った」
「心配かけて、ごめん」
ルドは目を閉じ、掌の中で心拍を確かめる。
「ア、アギト…オレ…」
いつの間にか、ルドは泣いていた。
涙は一度決壊すると、なかなか止まってはくれなかった。
この世界に来て、初めてルドは大声で泣いた。
泣いて、泣いて、泣き叫んだ。
そして、泣き疲れたルドはアギトの胸の音を聞いている。
(アギトの心臓の音がする…落ち着く)
窓の外、薄曇りの空が冷たい朝を告げている。
(そうか――私、エリカと友達じゃなくなっちゃったんだ…)
遠くで鐘が一度、二度と鳴った気がした。




