15-4.悪役令嬢、運命に抗う
「ああ……アンタなの。――琉瑠」
ルルーではなく、琉瑠
呼ばれた名に、ルドは驚く。一瞬の油断が勝敗を分けた。
心臓が跳ね、視界が一瞬、白くなる。
次の瞬間、背中が石壁に叩きつけられ、骨が軋む音が響いた。
「かはっ……!」
意識が闇に沈む。
アギトの声が聞こえた気がしたが、ルドの意識は深く沈んでいった。
その闇の先に、ぽっかりと浮かぶのは――教室。
女子高生の自分がいる。教室で、立ちすくんでいる。
「琉瑠なんて言うから、どんな可愛い子かと思ったら、メガネブスかよ!」
「三つ編みとか、真面目すぎて笑える~」
「あははっ…笑ったら可哀想だよぉ」
「ねー?ホントからかうのやめてあげなよ、可哀想だって」
クスクスと笑い声が重なる。
声の大きさでクラスの覇権でも握っているかように、そのグループは
琉瑠を貶める。名前だけで、何故、と下をうつむく。
その日から――居場所は決まってしまった。
そして――場面が変わり、二人の仲の良さそうな女子高生が映し出される。
「気にすることないよ!琉瑠は可愛いよ!」
「エリカちゃん、ありがとう」
高校での初めての友達。エリカが琉瑠に笑顔で振り返る。
その顔は――聖女エリスだった
「はっ…はあ…な、なんで…」
映像を見ながら、ルドは膝から崩れ落ちる。
怖い、怖い怖い!これ以上見てはいけない。
冷や汗が体を芯から冷やし、震えが止まらない。
「やっ…嫌だ…!いやだいやだ見たくない!!」
『見なさいよ』
エリカの、いや聖女エリスの声が響く。
『ほらぁ、琉瑠ちゃん。ちゃあんと見て』
場面が一転する。大学、就職、会社員…目まぐるしく10年という月日が流れ、
30歳目前の琉瑠が映される。
「…だ!…津田!津田琉瑠!!」
ぼぅっとしていた意識が戻される。
はっとして周りを見渡すと、いつもの会社の中だった。
首から社員証を下げ、スーツを身に纏った琉瑠は、広告会社に勤務し
キャリアウーマンとしてバリバリ働いていた。
コンプレックスだった名前は大人になるにつれ、誰もからかうことが無くなっていた。
背の高さは、モデルのようと評され
真面目さは頭の良さとして頭角を現し、
メガネも三つ編みもやめ、化粧をして整えると、
地味で底辺だった高校時代が嘘のように、一目置かれるようになった。
「あっ…ごめん。少しぼーっとしてたみたいで」
「いや、津田仕事すぎなんじゃねぇ?たまには気晴らししないと」
そうかなぁ、と琉瑠は曖昧に笑う。
目の前の男の名前はなんだっけ?ちらりと社員証を盗み見ると
『松田祥太郎』とあった。そうだった、同期の松田。
“ツダマツ”コンビなんて呼ばれてたっけ。
(あれ?なんで私そんなことを忘れてたんだろう…?)
「津田、今日誕生日だろ?せっかくだし、今日飲みにいかない?」
松田が鼻を掻きながら、誘ってきた。
「えー!いいな!私たちも行きたいですぅ」
突然、秘書課の若い女の子たちが割って入ってくる。
狭い給湯室があっという間に人でいっぱいになる。
「あっ…あの、君たちは誘ってないから!な!津田、今日は二人で行くよな!」
「ごめん。今日は予定あって…」
「そ、そっか!そうだよな!!」
「受付のエリ…田崎さんと、ちょっと」
「最近入った派遣の子だっけ?知り合い?」
「うん、高校の時からの友達なんだ。」
「えー!びっくり!田崎さんって、津田さんと同い年だったんですかぁ?若作りうまーい!どーりで…」
「あの人ぉ、この前、松田さんのこと誘ってましたよね?」
「こ、断ったよ!」
突然話題に出された松田は焦って、答える。
秘書課の子たちは、「田崎さん相手にされてなさすぎ、かわいそう」と笑っている。
「あは、三十路派遣の受付しか出来ないって終わってるー!」
「ちょっと…!」
適当に受け流そうと思っていた琉瑠は、
さすがに言いすぎだと、咎めようと振り返る。
すると、後ろに鬼のような形相をしたエリカが立っていた。
「きゃあ!こわーい!」
パタパタと元凶である秘書課の女の子たちは逃げ出した。
エリカは琉瑠のこともひと睨みして、何も言わず去っていった。
松田は「お友達、大丈夫かな?」と心配してきたが、
琉瑠はそれどころではなかった。
そう、偶然。琉瑠とエリカは同じ会社に勤めていた。
琉瑠は総合職の正社員として、エリカは臨時の派遣社員として受付で。
何故だろう。その対比に、
先ほどの出来事に、胸がざわめく。
受付で待ち合わせた琉瑠は、華やかな化粧を施したエリカを見つけた。
高校時代と変わらない面影、けれどもどこか疲れた笑顔が張り付いている。
「琉瑠、誕生日おめでとう!」
「ありがとう、エリカ。昼間は秘書課の子たちがごめんね」
「ああ、いいのいいの。あの子たち、まだ若いもんね」
琉瑠はエリカの様子にほっと息をついた。
(良かった、いつものエリカだ)
二人で軽く食事をとり、帰り道を並んで歩いた。
夜風にあたりながら、琉瑠はふと懐かしい話を切り出す。
「そういえばさ、高校の頃、一緒にやってたゲーム覚えてる?」
「…ゲーム?」
「“Colors”だよ!なんと!そのリバイバルが出たんだ!推しのアギトの出番が増えたんだって」
ゲームを鞄から取り出し、楽しそうに笑う琉瑠
エリカはその横顔を見つめ、心の奥で何かがざらつく。
(……どうして。あの頃、琉瑠は“ブス”って笑われてたくせに、今は輝いてる。
私の方が可愛くて、人気があったのに……どうして。)
暗い影が、エリカの瞳に滲む。
「ねぇ、琉瑠」
「なに?」
次の瞬間、冷たい光が夜道に閃いた。
エリカの手に握られた果物ナイフが、琉瑠の腹を深々と貫く。
「――え?」
琉瑠は自分の体に突き立てられた刃を見下ろし、信じられないといった顔でエリカを見た。
エリカの口元には、笑みが浮かんでいる。
「やっと、立場が戻ったね」
血に濡れた琉瑠が崩れ落ち、冷たいアスファルトに横たわる。
視界が遠ざかる中で、エリカの声が遠くに響いた。
「これで私が勝ったの。ずっと、ずっと……!」
琉瑠の部屋に忍び込んだエリカは、血に濡れた手で
新品のゲームソフトを開けた。
目に飛び込んできた画面には、かつて二人で遊んだゲームソフト―― “Colors“の文字
「ふふ……これかぁ」
エリカは狂気じみた笑みを浮かべ、震える手でゲーム機を起動する。
画面が青白く光り、かつてのオープニングが流れ出す。
だが――。
オープニングムービーが流れ終わると、画面が激しくノイズを走らせた。
エリカの顔が驚きで歪む。
「え、なに……?」
次の瞬間、眩い光がエリカの身体を包み込む。
彼女の絶叫が室内に響き、やがて光とともに掻き消えた。
残されたのは、テーブルの上で淡く輝き続ける ゲームソフト“Colors” だけだった。




