幕間
黒衣の男は、荒れ果てた王都を見下ろした。
寒さと飢え、そして感染する呪いによって人々の心は荒み、
街には浮浪者が溢れ、盗みや暴行が昼夜を問わず横行している。
道端には凍え死んだ子どもの亡骸が放置され、誰も埋葬する余裕はない。
やがて雪が積もり、その死体さえも白く覆い隠していく。
一部の暴徒と化した民衆は、松明を掲げ王城へ押し寄せていた。
(王城の魔力障壁はもって一か月、というところか)
いや、それより前に民は飢えと寒さで死に絶えるだろう。
国内の領地も同じ有様だ。
貴族は門扉を閉ざし、外で農夫たちが飢えてゆく。
青の王国は、滅亡寸前だった。
アギトは継承した古い記憶を呼び起こす。
千年経っても人は変わらない。
争い、憎み、殺し合う。
ふと、ルドのことを思い出す。
(何故、あいつだけが違う――)
この世界でたった一つ、アギトが大切に思う魂。
アギトにもその理由が分からなかった。
ただ、ひと目見て、美しいと思った。
異質なまでに強く澄んだ輝き――おそらく聖女の魂と対極を成すもの。
世界は拮抗する。
強きものが生まれれば、それに比肩するものが現れる。
長寿のエルフに対し、人間は短命ゆえの生命力をもって挑み、
神聖力が覇権を握れば、必ず呪力が対抗する。
そして、力を持ちすぎた聖女に対し、ルドがこの世に生まれ落ちた。
(それが世界の法則ならば――聖女を倒すのは、ルドでなければならない)
王城は何十もの魔力障壁に包まれ、内側の様子を覗くことは出来ない。
だが、障壁の奥から時折、苦悶の呻き声と血のように赤黒い光が漏れた。
(――まだ生きている。だが、長くは持つまい)
その時、胸裏に浮かんだのは、やはりルドの顔だった。
(世界が選んだなら、あいつしか終わらせられない)
アギトは王城を一瞥し、踵を返した。
雪を踏む足取りは、静かに、しかし決然としていた。




