13-3.悪役令嬢、救国する
見上げるほどの高い天井に、ステンドグラスの光が差し込む謁見の間。
王座に座るのは、年老いた王――だが、その目は鋭く、まるで全てを見透かすようにルドを射抜いた。
隣に立つレオンが前に歩み出る。
「不肖レオン・ヴァレンタイン、参上致しました。
この度の不明、誠に申し訳なく…如何様な処分もお受けいたします。」
「良い、話は聞いている。」
一言で、場の空気が重くなる。
「貴様の処罰は後に。その前に、宝玉とやらを献上せよ」
ルドは深く礼をして、息を吸い込んだ。
「金の王国、ルクレツィア公爵家次男、ルド・フォン・ルクレツィアと申します。
こちらが、聖女の魅了を退ける宝玉にございます。」
国王はわずかに眉をひそめ、静かにルドを見つめる。
その瞳には、失われた若き日の熱血と、策士としての冷徹さが同居していた。
一歩、また一歩国王へ近づき、宝玉を国王に差し出す。
ルドの胸は高鳴る。
(もう少し、あと少しで…赤の王国は救われる)
そこへ――場にそぐわない軽やかな声がした
「あら?ルド…ルドヴィカ様ではなくって?」
聞き覚えのある声に、ハッとそちらを向く。
(なんで…!聖女がここに!?)
聖女の後ろには何人かの貴族が付き従っている。
(王宮内の聖女派!!邪魔をしに来たってわけか!)
レオンの謁見申し入れをどこからか聞いたのだろう。
ルドは臨戦態勢に入る。レオンも王を護るように立ちはだかる。
「久しぶりね。でも…なんで、死んでないのかしら?」
聖女はぞわりとする笑みを浮かべた。
「もう一度サムターンの風を…」
風が吹いて、ルドの周りを取り巻く。あの時と同じく、重苦しい嫌な空気が纏わりつく。
しかし、その後は以前と違っていた。パチパチと静電気のような光がルドを守り、風は聖女へ向かっていく。
「ぐっ…」
聖女は苦しそうに床に膝をつく。
「お前、何を…」
ルドにも訳が分からない。すると、ふわりとアギトが空中に現れた。
「俺のものに手を出すからだ」
ルドは思わず声を上げる。
「アギト!」
「アギト様!」
二人の声が重なる。一つは制止の声、もう一つは歓喜の声。
「やっと…やっと会えた!!」
聖女は震える声で陶酔したように叫ぶ。
(え…?どういうこと…)
「何度繰り返しても、黒土にアナタは居なかった。あと一回繰り返さなきゃと思っていたのに、こんなところで会えるなんて!!」
アギトはルドを抱き、ひそやかに囁く。
「…あの女、反魂の呪術を使っているな」
「はんごん?」
(ああ!アギトが見つかってしまう。国王に見られてしまう!)
ルドはアギトを隠すように腕に縋ったが、もう遅かった。
国王はアギトの登場に目を見開いている。
(聖女の魅了からもアギトを守らなきゃ!あ!玉は国王の手に…!)
先ほど国王の手に渡ってしまった玉を惜しむ。
じり、と聖女から距離を取り、アギトの腕を掴む。
「ルド、俺は大丈夫だ。あの騎士も国王も正気だ。」
ルドは周りを見渡す。聖女派の貴族はともかくとして、レオンがもう一度魅了にかかった様子はない。レオンもルドに頷き返した。
大丈夫――ルドは聖女に目を向ける。
聖女は、狂ったように歓喜していた。異様な空気の中、一人笑っている。
「ああ!やっと!!やっと報われるのね!アギト様が私のものに!!」
(この人は…アギトに会う為に繰り返してた…?)
キン!
剣戟の音に、ルドは思考から現実へ引き戻される。
レオンが聖女を攻撃している。聖女は魔力でそれに応じる。
白の魔王の魔力残滓が軌道を描き、空間に白い光の痕を残す。
(強い!どっちも強い!)
「アギトは加勢しないの?」
「何故?俺はお前が無事なら、それでいい」
アギトは動かず、ルドを守る姿勢を崩さない。
あっ!そういうことか!ルドはなるほど!と手を打った。
(いやいや!納得しちゃダメじゃん!)
せめて、自分は加勢しないと、と攻撃の隙を伺うが
上手く聖女だけに魔法を当てることは難しい。
結局見ていることしか出来ない。
「うっ…」
聖女の周りにサムターンの風が纏わりつき、体に吸い込まれた。
魔力で跳ね返していたようだが、レオンの攻撃で隙が出来たようだ。
苦しそうに顔を歪め、聖女はルドを睨んだ。
「何故!?何故おまえがアギト様に守られている!?そこは私の場所なのに!」
アギトが眉を顰め、呪を唱える。
サムターンの風がクルクルと聖女の周りを舞い、彼女を苦しめる。
皮膚が、ぼろぼろと剥がれ黒ずんでいく。
「あっ…!嫌っ…!!」
聖女は転移呪文を詠唱し、その姿は一瞬でかき消えた。
最後に見えた聖女の潤み恐怖に怯えた瞳が、少女のように見えて
ルドの心をかき乱した。
***
聖女が消えた後、室内には静寂が戻った。
ルドは深く息を吐き、アギトの腕から少し離れ、国王に向き直る。
「……失礼しました。国王陛下、こちらの者は、私に所縁の者です。決して怪しい者ではありません…」
ルドはアギトを守るように立ち、国王に弁明した。
国王は王座に座したまま、ルドを鋭く見つめる。
目に、かつての情熱と失われた愛の痛みがちらつく。
「よかろう。その者の存在は見なかったものとする。」
しかしすぐに興味をなくしたように、瞳に冷静さが戻る。
「…して、こちらの宝玉はどう使う?」
ルドはホッと呼吸した。そこへレオンが歩み出る。
「そちらの宝玉は…聖女の魅了を退ける効果がございます。私を初め、これまでに複数の者を魅了から救いました。あちらの聖女派も、宝玉に触れさせれば、目が覚めます。」
国王の眉がわずかに動く。
「なるほど…お前の宝玉があれば、魅了の危険も退けられると」
ルドは頷く。
「はい、実証済みです」
国王は宝玉を手に取り、じっと見つめる。
光を透かすと、中で白く輝くものがゆらめいた。
「ふむ…確かに効果はあるようだな。王宮内での使用を許そう」
おそらくレオンが正気になったことが国王に響いたのだろう。
宝玉の効果も信じてもらえ、次々と聖女派の魅了を解呪出来た。
そして――お咎めもなく、ルドとアギトは王宮を出る。
(はー…一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなって良かった)
ひやひやし通しだったルドとは対称的に
隣のアギトは涼しい顔をしている。
「アギトってば!国王の不興を買って捕まったら、どうするつもりだったの!?」
「お前を連れて逃げるくらい訳はない」
「それじゃ、赤の王国の魅了を解けないじゃん!」
「宝玉は渡したのだから、問題なかったはずだ。あそこまでお膳立てされて、何とか出来ないなら、そもそも国として立ち行かん。滅びるだけだ。」
「それは…ちょっと厳しくない…?」
「赤の騎士があんなに役立たずとはな」
「あっ!あー!!やっぱりアレ、鴉に言わせてたな!」
「あの後、大変だったんだぞ!」とルドはアギトに抗議する。
アギトは知らんぷりして、馬車の外を眺めた。
馬車は街を抜け、広大な小麦畑をひた走る。
あの剣術大会での絶望が――今、希望に変わった。
(大丈夫、きっと)
隣に座るアギトの確かな熱を感じ、ルドはゆっくりと目を閉じた。




