13-1.悪役令嬢、救国する
赤の王国に近づくにつれ、街の雰囲気が変わっていった。
石畳の通りには白百合を模した聖女派の旗がはためき、街路樹にまで装飾が施されている。
人々の顔には安堵と熱狂が入り混じり、時折すれ違う兵士の目はぎらりと鋭い。
その身体から漂う魔力の圧は、旅人を無言のうちに縛り付けていた。
(…この息苦しさ。金の王国の王都とはまるで違う)
両国とも転移門のような便利な魔道具はないため、
ひたすら馬車での旅となる。思いがけず出来た一人の時間に
兄から渡された資料を読みながら、ルドはぐるぐると考えていた。
(ルドヴィカとの婚約を継続中ってどういうこと…?
アレクシス殿下は一体何を考えてんだよ…)
金の王国ではルドヴィカの断罪はなかった事にされていた。
今では、ルクレツィア公爵家の長女が悪魔を召喚した末、行方不明となったという噂のみが
一人歩きしていた。そして驚くべきことに、破棄されたものと思っていた婚約は今だ継続中だという。公爵家としても藪をつつく訳にも行かず、沈黙を守っているという状態だ。
思惑の見えない王家に不気味なものを感じつつ、
ルドは赤の王国への潜入について考える。
(名目上は、ルクレツィア公爵家次男―つまりオレの留学…)
その裏は聖女派の派閥争いへの支援表明だ。
金の王国王家と姻戚関係となる予定のルクレツィア公爵家が、赤の王国の聖女派と懇意にすることで、公に支援を表明する。覇権争いの微妙な時期であるからこそ、勢いが失速しつつある公爵家であっても味方は喉から手が出るほど欲しい、というのが兄の見解だ。
(そんな上手くいくかなぁ…)
若干の心配はありつつも、
赤の王国への入国審査もなく、荷物検査もVIP対応だった。
今のところ、兄の予想は当たっている。
向かうは聖女派の筆頭レオン・ヴァレンタインの治める王国南部。
(聖女は今、青の王国へ訪問中だから…きっと上手くいく。大丈夫なはず…)
レオンが紅玉に触れさえすれば、解呪されるはずなのだ。
失敗するはずがない。
しかし、不安は拭えなかった。
(なんでこんなに不安なんだ…)
いつも隣にいるはずのアギトが居ない。
ルドは自分の両腕を抱くようにして、冷え切った空気を追い払おうとした。
***
天井からは赤と金の幕が垂れ、両脇には聖女派の紋章を掲げた旗が並ぶ。
まるで神殿の奥にいるような荘厳さに、ルドの喉がひとりでに鳴った。
ルドは宝石箱に納めた紅玉を手に、
赤の王国の騎士団長レオン・ヴァレンタインとの謁見に臨んだ。
ルドの入室を認めると、レオンは人好きのする笑みを浮かべた。
(まだ…まだだ…焦るな)
ルドは宝石箱を隣の従者に預け、
そして、膝をつき騎士の礼を取った。
「ルクレツィア公爵家次男のルド・フォン・ルクレツィアと申します。
この度は私の留学に尽力頂き、また
このような謁見の機会を頂けましたこと誠に光栄の至り。」
そして、従者に視線で合図する。
「こちら、親交の証として献上させて頂きたく。どうぞお納めください」
宝石箱を開け、紅玉を見せる。
(どうか触ってくれますように…)
祈るような気持ちで、差し出す。
レオンは珍しそうにのぞき込んだ物の、紅玉には触れようとしない。
「これは…大変貴重な物を。ありがたく頂戴いたしましょう。」
(ダメ!)
宝石箱を閉じて受け取ろうとするレオンを見て、ルドが動いた。
相手は剣術大会で全く歯が立たなかった相手だ。
正攻法では避けられる。
ルドは前につんのめり、紅玉を宝石箱から放り投げた。
受け取って――
放物線を描いた紅玉を、レオンが脅威の瞬発力でキャッチする。
紅玉の中で血の塊のようなものがどくん、と動く。
(うえっキモチワルっ!!)
ルドは紅玉を見て咄嗟に眉を顰めた。
紅玉の中で蠢く塊は、見る間にレオンから何かを吸い上げていく。
凝縮したそれがはじけ――キーン、と頭の芯を突き抜ける耳鳴りが響いた。
「うっ……!」
反射的に耳を塞ぐ。だが、音は頭蓋の内側で鳴り響いている。
次の瞬間、床がぐらりと揺らぎ、肺を圧迫するような重苦しさが全身を覆った。
視界がにじむ。何かが弾ける音と同時に――
まばゆい光が、爆ぜるように広間を満たした。
神殿の天井から光が降り注ぐかのように、白い奔流が渦を巻き、
ルドは思わず目を閉じ、膝を折るしかなかった。
(眩しい!!)
目が明けていられない程の光が紅玉から発せられる。
白い魔力が光となって降り注ぐ。
レオンはその光に包まれ、もはやどこにいるかも分からない。
何分、何時間たっただろうか。
いや、もしかしたら一瞬だったのかもしれない。
光が徐々に収束し、白い靄が広間に立ち込める。
(あれ?このもやって…)
どこかで見覚えがあるな、とルドは目を細める。
(あ!!死海の!死霊が天に還る時の…!!!)
て、ことは紅玉って…
長い事自分が持っていた物がオカルトちっくな物だった可能性を考え、ルドは首を振った。
(いやいや!今それどころじゃない…)
立ち込めた白い靄の中、人影を探す。
少しずつ霧が晴れる――レオンは倒れていた。
いや、この場にいるルド以外の全員が気を失っている。
「う……」
レオンが小さく呻き、瞼が動く。
「レオン様!」
ルドがレオンに駆け寄ると、彼の手の中に紅玉があった。
しかし、それはもう紅玉とは呼べない。透き通る紅は失われ、白く濁った玉に変わっている。
「……頭が……澄んでいく……」
レオンは額を押さえ、苦悶するように息を吐く。
「私は……聖女に仕えて……いや、違う。私は……誰に剣を捧げていた……?」
独白は途切れ途切れで、まるで失われた記憶を掘り起こすかのようだった。
(やばいやばい!これ、解呪の現場にオレしか残ってないじゃん!?)
ルドは心臓を早鐘のように打たせながら、状況を計算する。
――国の重鎮が気絶、原因はオレが渡した怪しい宝玉。
どう見ても「危険物持ち込みで暗殺未遂」コースである。
(ウチの従者も騎士も気絶してるし……置いて逃げわけにも…魔法るか?いや、今逃げたら余計怪しいだろ!)
もう、どうにでもなれ!と観念し、ルドはレオンの正面に膝をついた。
「君は……剣術大会の……優勝者?」
レオンがぼんやりと目を細める。
「なぜ、ここに……?」
(えーーーー!?そこから!?)
命がけの大勝負の直後に、まさかの“リセット”対応。
ルドは思わず、めんどくさっと言う顔を隠せなかった。




