12-4.悪役令嬢、帰還する
「まあ!ルドヴィカ、無事だったのね!?貴方って子はあんな手紙一つ寄越したきり、音信不通になって…本当になんて親不孝なのかしら。」
母はハンカチで目尻を押さえつつ、芝居がかった身振りで近づいてくる。
「死海の噂は本当だったんだな!」
伯父は目を輝かせ、すでに腰の鞄から羊皮紙と羽ペンを取り出している。
「ルルー!会いたかった!!お父様寂しくて死んじゃうところだったよ!」
父は鼻を真っ赤にして、今にも泣き出しそうな顔で両手を広げた。
「まずその男、何?って、なんで誰も突っ込まないんだ?」
兄は腕を組み、冷ややかに一歩引いたところから眺めている。
――母、伯父、父、そして兄の言葉である。
「えっと手紙に書いた同行者。で今、恋人?」
「まあ!あの艶っぽさのなかったルドヴィカに恋人!?お赤飯炊いた方がいいかしら?あ、そこのあなた、二人の寝室は一緒よ。部屋にお風呂とお酒の準備をしておきなさい!ベッドにはバラの花びらを散らすのよ!」
「呪術師なんだろう?初めて見るなあ!あとで是非話を聞かせてくれ!」
「ルルー!そんな、結婚なんてまだ早いよ!あと二十年はお父様のルルーでいてよ!」
「ルドヴィカに恋愛という概念があったのか?」
母、伯父、父、そして兄の言葉である。
「えっと、オレが言うのもなんだけど、突っ込む所そこ?」
ルドは今、この子にしてこの親あり、という言葉を目の当たりにしている。
(ま、いっか)
「こんな家族です」
アギトは無言でルドの後ろに立ち、家族の視線を一身に浴びる。
普段なら皮肉の一つも返すはずなのに、今はただ呆気に取られていた。
「俺は家族というものをよく知らんが……なるほどな。」
珍しく素直な言葉に、ルドは目を瞬かせた。
***
「そうだな。ウチで把握している各国の状況はお前の持ってきた情報と大差ないだろう」
伯父が深刻な顔で同意した。
「アレクシス殿下が本当に魅了されていないか、確認したいんだけど…」
「それは危険だよ、ルルー」
「僕も反対だ。アレクシス殿下の隣には常に聖女がいる。
確かめたところで、打つ手もないなら、近づくべきではない。」
兄に正論を言われ、ルドは押し黙る。そう、ただ確かめたいだけ。自分がすっきりしたいだけ。兄は正しい。ルドは旅だった時と変わらず、考えなしの自分を恥じた。
「青の王国へなら、公爵家から私的な物資の提供と言う形で潜り込めなくもない」
「それを言うなら、赤の王国も聖女派からの支援と言う形で公爵家から人を送ることは出来ます」
兄と伯父がいると話が早い。
反省中のルドを余所に、どんどん話が進んでいく。
「どちらがより安全か?」
アギトが話に割り込む。
「そうだな…赤の王国ならば、公爵家の人間を傷つける可能性はゼロに近い。」
「だが、君は連れていけない」
伯父がアギトを見て、強く断言した。
「赤の王国の国王は呪術師嫌いで有名だ。謁見を申し込むのならば、公爵家の人間で固める。ルド、それで良いな。」
「えっ…うん。オレも行くよ」
アギトが不満そうに眉を顰め、腕組みをする。
「アギトはどう思う?」
「それが作戦なら仕方ない」
(えっ…)
アギトなら反対すると思っていたルドは驚いた。
なんだかんだで、ずっと一緒に居ると、離れないと思っていた。
(…アギトと離れる?いやいや、ほんの少し離れるくらい
どうってことないはず…)
初めて会ってからまだ半年も経っていないのに
離れる不安と、簡単に離れると言ったアギトへの不信が募る。
***
作戦会議は、兄が王都での情報収集、伯父が使節団の人選、母は赤飯の準備という役割分担をして、お開きとなった。ちなみに父は娘もとい息子に恋人が出来たショックで引きこもっている。
固く閉じたカーテンから月を覗きながら、ルドは思案に耽る。
(なんで、アギトはあんな簡単に離れるって了承したのかな…)
前回、セシルが提案した時はあんなに抵抗したのに。
(もうオレのこと飽きちゃったとか?)
バカげた不安が首をもたげる。
(なにこれ…こんな感情知らない。苦しい…)
こんこん、と控えめなノックがして、扉が開かれる。
着替えを終えたアギトが入ってきた。
金の王国の貴族風の衣装を纏っている。
「似合ってるけど、変な感じだね」
ルドはアギトの近くに寄って、ぎこちなく笑った。
「窮屈だ」
アギトは眉間に皺を寄せて、不満を口にする。
「不安か?」
「あ、あのさー…オレちょっと変なこと言うかも。答えたくなかったら答えなくていいし、聞かなかったことにしてもらえると…」
「何が言いたい」
ずいと距離を詰められ、黒曜の瞳にルドの不安気な顔が映る。
「な、なんで離れるとか言うの…」
「なんだ、そんなことか」
アギトに笑われたような気がして、ルドはムッとする。
「そんなことって!」
「お前は俺のものだ」
アギトの低い声が、夜気に沈む。次の瞬間――がぶり。
「いっ……!」
ルドの腕に鋭い痛みが走り、すぐにじんわりと熱が広がる。
痛いのに、体の奥がぞわりと震える。何これ……。
「印をつけてある」
「……っ、し、印!?」
「そうだ。お前は俺に抱かれ、刻まれた。めったなことでは、他の者は手を出せん」
ルドの胸は、怒りと恥ずかしさと、妙な安堵でぐちゃぐちゃになる。
「……っ、も、物扱いじゃないか!」
「お前が俺の物だと、全身で覚えておけ」
(なにそれ……やだ。でも……ちょっと安心してる自分がいる!?)
ルドは真っ赤になって、アギトから視線を外す。
「それが離れることと、どう関係するの…」
「呪術師の強力な所有印だ。熟練の能力者ならば気づく。
だから、少しくらいなら離れても良い、と言っている」
アギトは少し黙ると、思案顔でまた続けた。
「後は危険の度合いだな。青の王国ならば反対していた。」
「そ、そっか…」
「印なんて、わかんないけどな…」
とルドは自分の体をしげしげと眺めた。
「セシルは気づいていた」
「んっ?」
(それって…セシル様にはバレてたって事!?あ!あの時の生温かい視線って…!!!)
「あっ、あ!アギトのばかっ!!」
ルドは真っ赤になり、涙目でアギトを睨んだが効果はなかった




