12-3.悪役令嬢、帰還する
ルドとアギトは神官の巡礼服を借りて、旅装を整える。
「こんなことくらいしか、お手伝い出来ず…申し訳ありません」
セシルが申し訳なさそうに、巡礼用のマントを運んできた。
「いいえ!十分です!碧の王国も大変な時なのに」
緑の神聖国は聖女の締め出しをしている。
対外的には『聖女は金の王国に留まり、祈りに徹することが世界の安寧につながる』という、神託が下りたことになっている。
その為、今のところは聖女も無理に神聖国へ訪問を打診することはない。
ただ民の中には各国に頻繁に訪問している聖女が自国にだけ来ないという事を不安視する声もある。
今、神官長であるセシルは動けない。
「各国の情勢を集めてくださっただけでも助かりました。」
こくん、とアギトが隣で頷く。
この数日でアギトの態度もだいぶ軟化していた。
「これからどうするのですか?」
「とりあえず、金の王国の実家を頼ってみます。聖女の使節団に潜り込めれば一番いいですが、政治的なことは父や伯父が得意なので、相談してみます。」
「お気をつけて!」
「ありがとうございます。セシル様もお元気で!」
短い挨拶を交わし、ルドとアギトは神殿を後にした。
神殿の巡礼者に扮し、黒土を渡り、金の王国へ潜入する予定だ。
巡礼者は転移門を使わないので、ひたすら歩くしかない。
(せめて神聖国出るまでは、巡礼者の真似はやめた方が良かったかも…)
歩いて半日でルドは後悔していた。
常春の神聖国であっても、冬が間近に迫った街道には冷たい風の気配がした。
これから行く先の不安を示すように空には曇天が広がっていた。
***
金の王国の辺境領である伯父の領内に入ると、空気は一変した。
黒土の刺すような冷たい風は、秋の暖かい日差しと柔らかい風になる。
ルドは変わらない風景にほっと息を吐いた。
「アギトは金の王国は初めて?」
「ああ…美しい国だな」
紅葉とそれを映す湖を眼前にアギトがため息をつく。
自国が褒められてルドはそうでしょう!そうでしょう!もっと褒めて!!と
嬉しくなる。
「オレもこの景色は好き」
じっと湖を見ていると、アギトに唇を奪われる。
唇を離す寸前で、もう一度触れ、ルドの顎をそっと持ち上げる。
唇が重なる瞬間、互いの呼吸が揃い、胸の奥がじんわり熱くなる。
「あ、あの……」
神聖国の宿で結ばれてから、初めての触れあいにルドは尻込みした。
言葉を飲み込みたくなる。
あまりにも近すぎて、声が出せない。
でも、目を閉じたまま感じる温もりに、体が自然に寄っていく。
アギトの指先がルドの髪に触れ、軽く撫でる。
ルドは思わず目を閉じて、肩を少し前に丸める。
「……もう、」
ルドの声は小さく震える。
それでも、アギトの手はゆっくりと顎のラインに沿い、顔を自分の方に引き寄せる。
「嫌か?」
「……嫌じゃない……」
言葉にする前に、また唇が重なる。
息が混ざり合い、胸がきゅっと締め付けられる。
互いに知っているはずなのに、まだまだ足りないようなじれったさが胸に残る。
アギトが唇を離すと、ルドは少し物足りなさそうに眉をひそめる。
その様子にアギトはくすっと笑い、鼻先でルドの頬に触れた。
「ねだるのが上手くなったな」
「ねだってなんかっ…!」
唇を再び重ねる前に、指先がそっとルドの手を握る。
小さな手の温もりが伝わり、ルドの胸が甘くざわつく。
「…っ!…ん」
唇を離しても、距離はほとんど変わらない。
アギトの手がルドの肩から背中に回り、指先が軽く弾むように動く。
ルドは思わず身をよじらせるが、アギトは笑いながら手を緩めない。
「くすぐったいって……」
「じゃあ、止めろって言え」
ルドは小さく首を振る。言葉よりも、心が素直に“もっと”を求めていた。
アギトは鼻先でルドの頬をすり、耳元で小さく囁く。
「可愛いな」
思わずルドの耳まで赤くなる。
ルドがもじもじしていると、アギトは軽くいたずらっぽく唇を耳の付け根に寄せる。
びくっ、と肩を跳ねさせるルド。
「ちょ、やめ……!」
「ああ、止めたくない」
手はゆっくりルドの腰に回り、ぎゅっと抱き寄せる。
ルドの胸は高鳴り、心臓の音が耳に響く。
「……もう、我慢できない……」
(ここ…外!)
湖の風が揺れ、紅葉がぱらぱらと舞い落ちる。
その静けさを破るように、唐突に声が響いた。
「おや!ルドヴィカ、そこに居るのはルドヴィカじゃないか!?」
ビクッ、とルドの体が震え、アギトの腕の中で跳ね上がる。
息が止まるほど間近にいたのに、空気が一瞬で冷めてしまった。
「……伯父上、か?」
アギトの声は低く、剣に手をかけそうなほど鋭かった。
湖の向こうを指し示すが、紅葉に紛れて影は見えない。
「え?アギトには見えない?」
「見えん。気配もな」
眉間に深い皺を刻むアギトと、無邪気に「おーい!」と手を振るルド。
並んでいるのに、まるで別の世界を見ているようだった。
「ルドヴィカ!無事だったんだな」
本当に、よく通る声だった。山肌に反響して、どこから届いているのか掴めない。
結局、伯父と出会うまでに半刻を要した。
湖の向こう岸からここまで歩いてくる間、声は常に届いていた。
その尋常ならざる視力と声量に、ルドはただただ驚かされるのだった。




