12-2.悪役令嬢、帰還する
次の日、見違えるように協力的になったアギトはセシルと向かい合わせに机に座った。
(アギトが座った!)
クララが立った!の逆である。
あの野良猫みたいにセシル様を威嚇していたアギトがセシルの前に座った!!
ルドはひとり感動する。
セシルもアギトの様子に少しばかり面食らってはいたが
最終的には何も触れずに話を進めてくれる。
さすがは年長者、神官長を務めるだけはある。
しかし、セシルのルドを見る目もなんだか生温かい気がするのは何故だろう。
ルドは首を傾げたが、セシルに促され、
そのことはすぐに忘れてしまった。
「こちら、各国の情勢です。」
長机に大きめの地図を広げ、それぞれの国の情報がまとまった資料を捲ると
説明を始めた。
「まず、青の王国は以前の緊張状態が継続しています。入国には厳しい身分証明と荷物検査が課せられています。長年の友好国である我が国との接触にも沈黙していて、ほぼ鎖国状態ですね。唯一、金の王国の聖女使節団が入国を許されているようです。」
鎖国、と聞きルドは顔を上げた。
「赤の王国との貿易もですか!?たしか、青の王国の食料自給率は低かったはず…!」
「そうです。今年の冬は餓死者が出てもおかしくない状況でしょう。」
青の王国は、最北に位置し、年間を通して20度を超える日は稀である。当然、農作物は育ちにくい。魔導大国でもあるが、農夫が魔法を使えるはずもなく、魔道具の輸出と観光で成り立っている国だ。
(これって…ただのゲームじゃない。本当に国が壊れるかもしれないんだ…)
セシルが資料をめくる間、窓の外で低い雷鳴が響いた。
ここ神聖国も例外ではなく、最近は天候が荒れ、民の間には不安が広がっている。
「神の怒りではないか」と噂する声も、神殿の回廊で耳にしたばかりだ。
「次に赤の王国ですが…」と続く説明に、ルドは身を乗り出す。
「王国の貴族が聖女派と国王派に分かれているようです。聖女派の筆頭は騎士団長のレオン・ヴァレンタインだそうです。聖女は頻繁に赤の王国に訪れ、勢力を着々と増やしているようです。」
聖女が力を伸ばしていることは知っていたが、実際に国を二分するほどの影響を与えていると聞き、思わず拳を握りしめる。
「国王派ってことは、国王はまだ魅了にかかってないんだ?」
「赤の国王は愛妻家で有名ですから」
(じゃあ、青は?)
という言葉が喉から出かかったが、何とか飲み込む。
「そして、金の王国ですが…」
ルドはごくりとつばを飲み込む。
「不気味な程、何も変わっていません。以前と同じく、聖女を擁護しつつ、国政には一切関わらせないという姿勢を一貫して守っています。第一王子のアレクシス殿下は聖女と親密な関係を隠していませんが、何かと理由をつけて婚約の公表を延期しています。」
「オレまだ信じられないんですが、白の王国の、魔王様がアレクシス殿下は魅了されてないって言ってました…」
「だから、この紅玉も2つしかないんです。金の王国の分は必要ないって貰えませんでした。」
「そうですが、白の国王が…」
「彼が言うのなら、本当なのでしょう」
セシルの静かな言葉に、ルドははっと顔を上げた。
「でもっ!アレクシス殿下はルドヴィカを断罪して聖女と…」
「あなたを殺そうとしましたか?」
「…いえ、愛妾に、と」
その言葉に、セシルは眉を顰め、静かに続ける。
「ならば――もしかすると、貴方を守ろうとしたのかもしれません。聖女から、ですよ」
セシルの言葉が、ルドの胸の奥をざわつかせた。
(アレクシス殿下が、オレを守ろうと……?そんなはず……でも――)
記憶の底に沈んでいた場面が、不意に浮かび上がる。
――断罪の舞台、冷たい視線、処刑を覚悟したあの瞬間。
思い出すのはルドヴィカだった頃の失望と怒り。
その裏に、別の意図があったなんて――信じられるわけがなかった。
***
金の王国の庭園――薔薇が咲き乱れる、初夏の夕暮れ。
ルドヴィカは淡いドレスの裾をつまみ、アレクシスと並んで歩いていた。
「殿下、今日はわざわざお付き合いくださってありがとうございます」
「……いや、こちらこそ。婚約者として当然の務めだ」
そっけない言葉。けれど声はどこか硬く、視線も定まらない。
彼は歩調を少し速め、わざと距離を取るように前を歩いていく。
(……やっぱり、嫌われたかな?)
幼い頃の仲の良さから一転、思春期に入ったアレクシスとは急激に距離が開いた。
ルドヴィカも本格的に婚約者と決定したことで、周りがガチガチに固められ
淑女教育から逃れられなくなっていた。
久々の再会の会話に困るほど、二人はずいぶんと変わってしまった。
けれどルドヴィカは負けじと話題を探す。
「殿下は……お好きなものは何ですか?」
「好きなもの?」
「はい、趣味とか。音楽とか、読書とか」
「……剣術だ」
「まあ、まるで騎士みたいですね」
「…嫌味か?」
眉間に皺を寄せた横顔に、ルドヴィカは慌てて首を振った。
幼い頃、アレクシス殿下を完膚なきまでに倒した自分に言われたくないだろう。
「いえ!頑張っていらっしゃるのだな、と…」
「…………」
沈黙。
薔薇の香りが風に乗り、余計に気まずさが際立つ。
(何を言っても反応が薄い……でも、時々――)
ふと目が合った瞬間、アレクシスの瞳が揺れるのを見た。
憎しみでも嫌悪でもない。むしろ困惑するように、何かを抑え込むように。
けれど彼はすぐに視線を逸らす。
「そなたは……以前と別人のようだな」
「えっ、ええ…まあ。婚約者がいつまでも野生児のままでは殿下もお困りでしょう」
「いや……嫌ではなかった」
(この人は……本当はどう思ってるんだろう)
婚約者として接しているだけなのか、それとも――。
答えはわからないまま、日が沈んでゆく。
二人の間に漂うのは、近いようで遠い、不器用な空気だった。




