11ー3.悪役令嬢、魔王と会う
「魅了か…」
しんと静まり返った王城の一室で、ルドはつぶやいた。
ダリウスの言葉を思い出し、ごくりと息を呑む。
『奴の影響は、白の王国にも広がりつつある。魔族の中に、魅了されし者どもが増えている。我は民の魅了を解く為、他に魔力は避けぬ。だが……このままでは、いずれこの世界全体が奴の掌の上だ』
魅了も魔王の魔力の一部と判明した。
だから、どうだという事はない。ただ、5人目のダリウスまで攻略完了しており、今回のループでは“ルド”が出てくる予定だったのだろう。
聖女にとっての誤算は今のところ“自分”という存在だけ、ということだ。
(どうしたら…どうしたらいい…)
考えても、考えても答えは出ない。
得体の知れない聖女という存在。ぞわりと全身に鳥肌が立つ。
白の王城は風通しを良くするためか、扉がなかった。
薄いアラビア風の布が垂れ下がった入口を、コンコンと叩いて、アギトが入ってきた。
「入っていいか?」
「うん、どうぞ」
ルドは思考を止め、へらりと笑ってアギトを迎え入れる。
「どうしたの?」
「先ほどの話の続きをしに来た。」
「さっきの?」
ルドは目を丸くして聞き返した。
「俺が聖女を好きになったうんぬんという話だ」
「あ…あれはもう…!」
恥ずかしくて顔から火が出る。
「ご、誤解って分かってる。疑って、ごめんなさい」
ルドは真っ赤になった顔を見られないように隠しながら、謝った。
「本当に疑いは晴れたな?」
「う、うん」
もうあんまりつつかないで欲しい。一刻も早くこの話題を終わらせたくて、必死に頷く。
「あれは…嫉妬か?」
(めっちゃ突っ込むじゃん…)
ルドはこれって意地悪なのでは?と猜疑心が芽生える。
「わ、かんない」
「ふうん?」
アギトはルドの隣に座る。3人掛けのゆったりとしたソファは2人で座っても余裕のはず。だというのに、距離が近い。
「な、なに?」
ルドはぎこちなくアギトを見た。
アギトがぎゅうっと体重をかける。
「安心していい。俺が魅了にかかることはない」
「なんで、そんな言い切れんの」
ムッとしてアギトの背を押しのけながら、ルドは言い返した。
「繰り返しても、またお前のことが好きになる。」
「だから、なんで言い切れんのっ」
ぐぐぐと、背中を押し返すがびくともしない。くく、とアギトの笑い声が聞こえてくる。
「根拠はない。
でも言い切ってやる。」
ルドはアギトの言葉に力を抜いた。
「あまり心配しすぎるな。身動きが取れなくなるぞ」
「…うん」
その通りだ。不安で聖女への恐れを膨らませてもいいことはない。
見くびってはいけないが、恐れ過ぎてもいけない。
どの道、アギトが攻略できるのはルドの後だ。今回、ルドが攻略されることはないのだから、アギトが攻略されることはない。
「…うん、そうだよね!きっと何か方法が見つかるはず!」
ルドは明るく言い切った。
そう思ったら、お腹が空いてきた。ぐう、と腹の虫が鳴く。
「ははっ!素直だな」
アギトにつられて、ルドも笑った。
魔王城に来てから、初めてのホッとした時間だった。
***
次の日の昼ごろ、魔王のお召がかかった。
初日と同じカンテラが案内をする。ぴょんぴょんと跳ねる度、金具が揺れる音がカランと響く。そして、中のろうそくの灯が大理石の床に淡い光を落とす。
「来たか」
魔王城には徹底的な程、人気がなかった。
おそらく魅了にかからぬよう、ダリウス以外の魔族は他国からの侵入者との接触を断っているのだ。
(オレ達もまだ信用されてない…ってことかな)
ルドは玉座のダリウスを見上げる。
恐ろしい魔王は冷たくルドを見下ろしていた。
「我はまだ、お前を敵とも味方とも定めておらぬ。
だが――」
ダリウスは錫杖をカツンと床に叩き、紅い瞳を細める。
「聖女の力を削ぐため、少しだけ協力してやろう」
ダリウスが錫杖を振ると、ルドの目の前に紅玉が2つ現れる。
「これは…?」
「聖女の魅了を解く魔法が込められている」
「赤と青で“攻略対象”とやらに使うがよい」
「金は?金の王国のアレクシス殿下も魅了されていますっ」
「……」
ダリウスは無表情にルドを見つめた。
重苦しい沈黙が落ちる。
(なんで?金の王国は救ってくれないってこと?)
ダリウスに対する信頼のようなモノがガラガラと崩れていく。
(こっちの味方をしてくれる、なんて都合が良すぎたか…)
諦めかけた時、ダリウスが口を開く。
「金の王国の第一王子は魅了されておらんだろう」
「えっ…」
ルドは驚きすぎて、息をするのを忘れる。
「はっ…」
ごほっとせき込む。横にいるアギトも驚いているようだ。
「アレクシス殿下は、オレと…ルドヴィカとの婚約を破棄して聖女と一緒になると…!」
「我は無駄なことはせぬ。金の王国には解呪の玉は必要ない。以上だ。」
ダリウスはそれだけ言うと、錫杖で大理石の床を叩いた。
来た時と同じように、金属環がシャランと音を立て、大理石の床が180度回転する。もう一度ぐるりと地面が回った時、二人は元の転移門まで戻っていた。
(追い出された…)
天高く浮かぶ島を見上げる。
白の王国への転移門はそれきり深い沈黙を守り、定刻になっても開くことはなかった。――閉じている。
(まだ使い方も聞いてないのに…)
手中にある2つの紅玉を見つめ、ルドは途方に暮れた。




