11ー2.悪役令嬢、魔王と会う
「そろそろ時間か…」
朝日が昇ると、白の王国の影がゆっくりと転移門を飲み込んでいく。
その瞬間だけ、門は“向こう側”へと繋がる。
失敗すれば、次はひと月後――緊張で手に汗が滲んだ。
晴天、影の差す方向、影の位置その3つが整った転移門のみ、白の王国への道が
開かれる。
神聖国郊外のいくつかの転移門が該当するのだが、季節や時刻によって変動するため、ゲーム攻略中にめちゃくちゃ手こずった箇所だった。
その転移門が今、開く――
瞬く間に、地上から遠く離れた白の王国の上に立っていた。切り立った崖の上に立つ、小さな転移門の下に、アギトと二人立っている。眼下には、先ほど立っていたはずの神聖国の転移門が見える。
(わぁ…!高所恐怖症には酷な風景!)
ぶるりと体を震わせ、アギトの腕を掴む。何か掴むものがないと立っていられないくらいの高所だった。
「怖いのか?」
面白そうにアギトが聞いた。
(こ、こんにゃろう…!絶対、面白がってる!)
抗議をしたいが、それよりも怖いが勝った。
「ちょっと、下まで連れってって」
両腕を伸ばし、思わずアギトの腕にしがみつく。
彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに口元を緩めた。
「珍しく素直だな」
「恋人には甘えるタイプなんですぅ」
小さく笑ったその横顔を見て、胸がどきりと跳ねた。
***
下に降りると奇妙な形のカンテラがぽつんとあった。
(あれ?何か既視感…)
ルドはそれをじぃっと見つめる。小さな鉄の籠に、琥珀色の焔を閉じ込めたような灯り。
その揺らぎに、なぜか既視感を覚える――ゲームで見たイベントと同じだ。
「あ!案内してくれるの!?」
ルドは合点がいったとカンテラに話しかける。
カンテラはぴょんぴょんと飛んで、前を歩く。まるでついてこいと言っているように、二、三歩前を飛んでは振り返った。
ルドはアギトを振り返る。
アギトは分からない、と言った風に首を振った。
(アギトが分からないってことは呪術じゃない…魔法っぽいけど…)
罠かも、と警戒しつつ、ルドとアギトはカンテラに導かれるまま、白の王国深くへ入っていった。
森を抜けると、一つの小さな家があった。カンテラは家の前に着くと、普通の灯かりとしての役目に戻り、動かなくなった。
ルドとアギトは顔を見合わせる。
ぎぃ、と音を立てて、家の扉が開く。
「ようこそ、白の王国へ」
家の中から聞こえて来た。
恐る恐る小さな家の扉をくぐる。木目のそれは素朴だった。家の中はその小さな扉と対称的に広々とした空間が広がっていた。そしてその中心に白い髪と赤い目をした小さな子供が立っていた。
「聖女と対抗する者よ。」
その声を聞いた瞬間、ルドの背筋が粟立つ。
目の前の“子ども”から響いたのは、場違いなほど低く重い声だった。
長い白髪、赤い瞳、完璧な顔立ち――だが、瞳の奥にあるのは幼さではなく、
千年を生きた者の深淵だった。
戸惑うルドを余所に、子どもがカツン、と持っていた錫杖で地面を叩く。数個の金属環がシャランと音を立てる度、視界はぐるりと回る。小さな家が180度回転し、逆さになったかと思うと、木目の床はいつのまにか冷たい大理石の床に変わっている。それがまたぐるりと180度回転し、床と天井が入れ替わる。
そこは城の玉座の間のようだった。
子どもはその玉座に小さな体を収める。
不釣り合いなほどの大きさの椅子にすっぽりと嵌まった体。しかし、動作は堂に入ったものがあった。王者の風格、というのだろうか。
「…ここは?…あなたは?」
子どもと侮ることが出来ない程の雰囲気に呑まれそうになりながら、ルドは必死に言葉を紡いだ。嫌な汗が背筋を伝う。
「ここは我が城。我は魔族の王。ダリウス・ノクス。忌々しい聖女のせいで今は子どもの姿ではあるが。」
「え?」
(まさか……ダリウス・ノクス!?)
ゲームでは“白の王国編”の攻略対象。冷酷・非情、孤高の魔王。そして―― アレクシスルート以外では最大の敵になる存在。
「前回、聖女に攻略され、魔力を半分持っていかれた。」
「ぜ、前回……?攻略って……?」
なんだか聞いたことのあるワードだ。それが子どもの口から出てくるという不似合いさに、ルドは混乱した。
「この世界は聖女を中心にループしておる、と言えば分かりやすいか?」
「ループ……してる……?」
ルドは立て直す。ゲームのようなことが実際に起こっているのだ。
(だから聖女はあんなに手際よく、他国の攻略対象を落としてたの!?)
「聖女は攻略した者の力を奪い、行使することが出来る」
「えっ!」
その言葉に、ルドの脳が一瞬で真っ白になった。
次いで、頭が沸騰した。呪術を使える、ということはアギトが攻略された、ということに他ならない。ここが魔族の城のど真ん中であることも忘れ、ルドはアギトの腕を掴んで揺さぶった。
「あ、アギト!聖女に攻略されてんじゃん!!」
「は?何を言っている?」
「聖女のこと、好きになったんじゃないの!?」
「馬鹿な事を。あり得ん」
「だって、聖女は呪術を!」
「呪術を使える者は他にもいる」
「違う!攻略対象は7人だけ!
呪術を使えるのはアギトだけなんだよ!」
ルドは口にした瞬間、血の気が引いた。ゲームの知識――前世の記憶――
一度も誰にも話したことのない秘密を、自分は今、口走った。
「ほう…」
玉座の上から、紅い瞳がルドを射抜く。
冷たく、底の見えない光。
「その“攻略対象”とやら――詳しく、聞かせてもらおうか」
黙ったルドを見下ろし、玉座からダリウスが言った。
***
ダリウスは玉座に小さな体を預け、紅い瞳でルドを射抜いた。
どこか子どもらしからぬ冷たさがそこに宿っている。
「……その“攻略”という言葉。お前は一体、何を知っている?」
ルドは一瞬、喉が詰まりそうになった。
ここで下手なことを言えば、命はない――そう肌で理解できる気配があった。
「お、オレは……」
「正直に答えろ。さもなくば、この場で消す」
低く響くダリウスの声に、ルドはごくりと唾を飲み込む。
「……繰り返す物語みたいなものなんです。この世界は……。
聖女を中心に“ループ”してるって、さっき言いましたよね?
それはたぶん、事実です」
「ほう」
玉座の上のダリウスの表情は変わらない。だが、瞳の奥がわずかに揺れた。
「我がそれを知っている理由を、知りたいか?」
ルドはこくりと頷く。
「前回のループで――我は聖女に“攻略”された。確かにあの女がそう言っていた。」
シャラン、と金属環が澄んだ音を立てる。
「魔力を奪われる際、逆流が起きたのだろうな。
奴の記憶の断片が、我の中に流れ込んできた」
「聖女の……記憶が?」
「ああ。だが、すべてではない。ほんの断片、
しかも我が“攻略”されたその時のループのものだけだ」
ルドは混乱しながらも、必死に情報を整理する。
「確かに奴は“繰り返している”。
そして……おそらく、“強くなっている”」
「……!」
ルドの背筋に冷たいものが走った。
アギトが口を開いた。
「聖女が呪力を使うというのは、確かか」
「我は知らぬ」
「聖女は、…聖女はオレにサムターンの呪いをかけました」
「ほう」
ダリウスは紅い瞳を細めた。瞳にほのかに面白そうな光を帯びる。
ルドはびくっと震えた。
「……だから、その…アギトが“攻略”されたのかと…」
ルドは言い淀みながらも、考えを口にした。
アギトは不機嫌そうに目を逸らす。
「それは――そうとも言えまい」
ダリウスの声が静寂を破る。
「我の魔力でもサムターンの呪いをかけることは可能だ。」
声が一段低くなる。
「そうか…あれは存分に我が魔力を行使しておるのだな」
その声音には、子どもの姿に似つかわしくない威圧感があった。




