11ー1.悪役令嬢、魔王と会う
白の王国は空に浮かぶ浮遊都市だ。
王国、と言ってはいるが、面積は5つの国の中で最も小さい。しかし、かつての白の王国は天から地上を統べる神の国、とも言われたほど強大な勢力を誇った。
いつしか魔族の数が減り、人間の王国が築かれ、白の王国は5国の一つとなった。
そして、白の王国と唯一国交があるのが、神聖国である。
神聖国の転移門の一つが白の王国への入口なのだ。
ひっく、としゃくりを上げ、ルドがアギトを見上げた。
「なんか…恥ずっ」
ルドは涙を乱暴に拭いて、鼻をすすった。アギトの視線が気のせいじゃないと分かるくらい甘い。ルドは慌てて目を逸らす。
「ルド、さっきのが答えだと思っていいか?」
「え?」
あ!自分、鈍い!と定評のあるルドです。ちゃんと言ってもらわないと分からないです!という顔をする。
「…手を出してもいいという事だな」
アギトが半眼になって、衝撃的な言葉を紡ぐ。
「!!!」
(これは…!貞操の危機!)
ルドは目を白黒させて、どう答えるべきか悩んだ。さっきまで別れる気でいたのに、我ながら呑気なものだ。
「あの…初めてなので、お手柔らかに…」
ルドがなんとか絞り出すと、アギトは「狙ってるのか」とよく分からないことをつぶやいた。
***
火がぱちりと弾ける音だけが、しんとした夜に響く。
転移門を背に、ルドは膝を抱えて、指先で小枝をくるくる回す。
昼間の告白が気恥ずかしく、間の取り方を忘れてしまったように沈黙が落ちる。二人はぎこちなく距離を取り、火の前に座っていた。
「ルド。」
アギトが低く呟くと、ルドはぱっと顔を上げた。しばらく沈黙が落ちる。
「……毎回、死にそうな顔をさせるのは忍びないから、言っておくが。」
(何の話?)
ルドは内心で首を傾げた。
「呪術の代償は呪術師にとって、門外不出の秘匿事項だ。」
「うん……?」
「気にするなと言っても、俺が呪術を使う度、お前は気にするだろう?」
焚き火の赤い光がアギトの横顔を照らし出す。
その瞳の奥には、いつもの冷たい光ではなく、どこか柔らかな影が揺れていた。
「だから知っていてほしい」
不意に真っ直ぐ見つめられて、ルドは耳まで熱くなる。
「俺の呪術の代償は、この瞳だ」
「え?」
「人から忌避されるこの瞳の色になることが、代償になっている」
「……それだけなの?」
ルドは思わず息を呑んだ。
命を削るとか、血を捧げるとか、もっと恐ろしいものを想像していたから。
「俺の使役する精霊は黒曜という。黒曜は黒いものが好きでな。」
「うん…」
「使いすぎると、爪も肌も黒くなる」
「使いすぎたことがあるの?」
「子供の頃、な」
焚き火の音に混じって、穏やかな空気が流れた。アギトが初めて自分のことを語ってくれている。それがルドには嬉しかった。
「俺は――サムターンの呪いにかかって、売られた子供だった」
ルドの頭の中に、短い言葉とともに映像が流れ込む。
――冷たい洞穴、背を向ける両親、砂金を受け取る手。
――知らない老人の黒い瞳と、灰に変わるその腕。
***
「それから、ほどなくして黒曜と契約した。」
「お師匠さんはなんで灰になったの?」
「呪術師のほとんどは死骸が残らない。身体も魂も精霊に喰われる。」
「呪術師は美味いらしいぞ」とアギトが小さく笑う。ルドは眉をしかめた。
「アギトも?」
「さあな、生きている間、行使した呪術の量によるが…」
「そんな…」
「死んだ後のことだ。気にすることはない。」
「でも…」
「他の人間だって同じだ。土に還るのとそう違いはない」
アギトの声音は驚くほど淡々としていた。
ルドの胸の奥で、きゅっと何かが縮む。
(そんなふうに、簡単に言わないでよ…)
ぷいっと顔をそむけるルドを見て、アギトが小さく笑う。




