10-3.悪役令嬢、救出劇に身を投じる
ルドはセシルの胸元に耳を寄せ、上下する呼吸を確かめてから、ようやく長い息を吐いた。
ここは神聖国の外れにある、うらぶれた小神殿。崩れかけた石壁から冷気が染み込み、埃っぽい匂いが鼻を刺す。ルドはセシルを慎重に床へ横たえ、近くで焚き木に火を点けた。ぱちぱちと燃える音だけが、静まり返った空間に響く。
アギトは入口付近に立ち、周囲を警戒しながらも、ルドを黙って見守っていた。
「罠だった…ごめんなさい。」
震える声で言うと、アギトは視線を逸らさずに短く答えた。
「いい。お前が無事なら、それでいい」
その穏やかな声に、ルドの胸が詰まる。
(今夜、アギトはどれだけの代償を払ったんだろう……)
呪術は力を使えば使うほど“何か”を失う。
寿命か、記憶か、大切な物か――それとも体の一部か。
ルドは焚き火の炎を見つめながら、問いかけることもできずに唇を噛んだ。
「…これからどう動く?」
アギトがぽつりと呟く。
ルドは顔を上げた。
「白の王国へ行く。でも、セシル様には神聖国で療養してもらう。」
情けない声が神殿に落ち、焚き火がぱちりと弾けた。
何の覚悟もなかった自分に腹が立つ。
あの聖女と対峙するには、ルドには圧倒的に覚悟が足らなかった。
ぽつりと地面に涙が落ちる。
今だけはアギトに泣いていることを悟られたくなかった。
***
どんなに気分が落ち込んでいても、朝は来る――
深い緑の中、霧が立ち込めた朝靄の中、一筋の光が差し込む。
太陽の光は霧を一気に晴らせ、辺りを照らした。
「ん…」
短い呻きと共に、セシルが目を覚ました。ゆっくりと瞼を開け、二度、三度と瞬きを繰り返すと、がばりと起き上がった。
「あ!…ここは?」
「神聖国です。」
一晩中起きていたルドは弱弱しい笑顔で答えた。
「ルド様、すみません。ご迷惑をお掛けしてしいました…」
まるで懺悔するかの如く、セシルは沈痛な面持ちで謝った。ルドは首を振る。
「いいえ、元はと言えばオレが巻き込んだのが原因です。あなたを巻き込むべきじゃなかった…」
「いいえ…いいえ!そんな!!」
セシルは縋りつくように、否定をした。
「白の王国へは、オレひとりで行きます。」
ルドの決意は揺るぎなく、セシルは伸ばしかけた手を力なく下ろした。
***
朝食を取りながら、セシルは重々しく口を開いた。
「青の王国はいつも通りでした。宰相閣下も魅了されている様子はなかったです。」
「節穴」と、アギトが言った。
「アギトっ!黙ってて。」
ルドは静かな怒りをたたえ、アギトを窘めた。
「その通りです。思えば、あの時にはもう青の王国の者は皆、魅了にかかっていたのでしょう。」
セシルはアギトの言葉を首肯し、続けた。
「何かおかしい、と気づいた時には囲まれていました。神聖力を使う間もなく、捕えられ…後はご存じの通り…」
セシルは一口お茶を飲むと、もう一度「お二人を危険な目にあわせ、申し訳ない」と謝罪をした。
冷たい風が吹いて、セシルの緑がかった金髪を揺らした。
ゲーム内ではただの緑に見えた髪色が、光の加減で緑にも金色にも見える。
不思議な色だな、とルドはその髪色を見つめながら思った。




