9-4.悪役令嬢、剣術大会で無双する
「はぁ…」
ルドは宿の窓から、祭りの熱狂を見下ろし、息を吐いた。
「はぁ…」
「いつまでそうしている」
アギトが食事を持って、部屋に入ってきた。盆にのったパンとスープを受け取りながら、ルドは落ち込む自分と反対に、アギトがどこか清々しい顔をしていることに腹が立った。
「なんで、アギトは平気そうなの?」
思わず、ムッとして非難するように言ってしまう。
(ああ、いけない。こんなの八つ当たりじゃないか…)
「ルドの周りに虫が寄り付かない方がいいに決まっている」
「世界の平和より?」
「そう怒るな。きちんと仕事はした」
アギトは落ち着いた口調で、集めてきた情報を淡々と披露した。
「まず、騎士団長のレオン・ヴァレンタインに婚約者や恋人の影は無し」
「レオン・ヴァレンタインは民衆に人気で、王家からの信頼も厚い。ただ、本人に野心はなさそうだ」
「赤の王家は、レオン・ヴァレンタインを使って聖女の囲い込みを考えている」
ルドは千切ったパンを掴んだまま、目を丸くして聞き入った。
「あと、これは未確認情報だが…」とアギトが続ける。
「金の王国の第一王子と聖女は婚約していない、らしいぞ」
「えっ!?」
驚きのあまり、ルドはお盆にパンを落としてしまった。
「どういうこと!?」
「さてな」
アギトは興味をなくしたように肘をつき、ルドの落としたパンを拾って口元に持ってくる。
「え…?」
ルドが戸惑っていると、アギトの指先が軽くくちびるをつつく。目で「開けろ」と合図され、仕方なく口を開く。
「あーん」
頬を赤くしてパンを食べるルドを見て、アギトは満足げに微笑んだ。
「半日でそんだけの情報を集められるなんて、アギトってすごいね」
「呪術を使えば、大したことはない」
ルドは感心する。呪術の力で、これほど正確に情報を集められるとは思わなかった。恐ろしくてどうやっているのかは聞けない
――まるで開けてはいけないパンドラの箱のようだ。
「ご褒美は?」
テーブルに手をのせて顎をついたアギトが、にやりと笑う。
「ご、ご褒美!?」
突然の要求に、ルドは思わず声を裏返した。アギトはルドをじっと見つめる。その瞳は、夜闇に光る宝石のように艶めいていて、息が詰まる。
(…なんか、ちょっと近い!)
そんな要求をされるとは思っていなかったルドは動揺する。言われてみれば、最高クラスの呪術師を半日タダ働きさせてしまった。
「そうだね、報酬を考えない、と」
うーん、と唸るルドに、アギトはつまらなそうな目を向ける。
「そういうことではない」
「どういうこと?」
「鈍い」とアギトがルドの頬を抓る。抓って、優しく撫でる。撫でた指が唇をなぞり――
(ご褒美って、そういうこと…///)
「…あの、目をつぶってください」
ルドが顔を真っ赤にしながら、アギトに言った。アギトはルドのくちびるを撫でていた指を下ろし、面白そうに笑った。ルドの声に従い、アギトは目を閉じる。ためらいつつも、ルドはアギトの瞼にそっとキスを落とす。
口、はまだ付き合っていないのに早すぎる。額では足りないと言われそうだし、頬にするのは恥ずかしすぎる。迷った末の、瞼、だった。
「それだけ?」
アギトが目を開け、ゆっくりと息を吐いた。指先がルドの頬をなぞる。その仕草だけで、心臓が跳ねる。
「ど、どうしたらいい?」
ルドの瞳が揺れる。
アギトは微笑みながら、ゆっくりとルドにキスを落とす。まずは瞳に――思わず目を瞑ると、それが瞼に落とされる。そして、額に、頬に、首、鎖骨――
ルドの心臓は跳ね上がり、必死に耐える。その間もアギトからのキスの雨は降り続いた。
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ…
「ごほうび、おわりっ!…もう終わり!」
ルドがアギトの頭を押しのけ、どうにか離れる。止めないとずっと続けていそうだったのが怖い。
「残念。最後までしたかったのに」
(え…こわい。最後までってなに…)
どくん、と心臓が音を立てた。さすが妖艶担当、流し目が色っぽいデスネ!とルドは心の中で軽口が出たが、自らの貞操を守るため沈黙を貫いた。
すると、アギトの表情がぴくりと動く。祭りの熱気とは対照的に、ぞわりと背中に何かが走る。
アギトが視線を窓に向ける。
「……あのエルフ、捕まったようだぞ」




