9-2.悪役令嬢、剣術大会で無双する
予選は早朝から始まり、ルドは順調に勝ち進んでいた。元令嬢ながら、剣術は得意だ。ゆえに苦い思い出もある。あれは――まだルドヴィカだった頃のこと。
そう、アレクシスを完膚なきまでに叩きのめした時――
ルドは魔法が使えなかった。使えないフリをしていた。王太子妃候補から外れる為に。対称的にアレクシスはそこそこ魔法が使えた。言ってしまえば、ルドヴィカに勝てるのは魔法くらいだった。
ある日、アレクシスは剣術の稽古をしていた。思春期に入りたての、成長期の体はアレクシスの方がほんの少しだけ上背が低く、隣に並ぶとルドヴィカの方が大人っぽく、年上に見えた。その頃からアレクシスは余所余所しくなっていた…と思う。
ルドヴィカは、女の子、という理由で、剣術の稽古を受けられなかった。
(私も剣術習いたかったなー)
せめてもと、アレクシスの稽古を毎回眺めている。はた目には、婚約者を健気に応援する勝ち組陽キャムーブだったに違いない。さぞ、ウザかっただろう。あの時の教官、および護衛の皆さん、訓練中の兵士の皆さんごめんなさい。
しかし、そんな周りからの羨望は、脆くも崩れ去った。
「殿下…もう少し集中ください!」
ちらちらとルドヴィカを気にするアレクシスに教官が青筋を立てて指導する。アレクシスは案の定、拗ねた。拗ねて、動かなくなった。
(あーあ…私だったら、もっと食らいついて稽古するのに…)
羨ましい、恨めしい、と目が語っていたのかもしれない。それが教官に伝わってしまったのが運のツキだ。
――誰の?
――この場に居たルドヴィカ以外の者の…
「ルドヴィカ様、あなたにも稽古をつけてさしあげましょう。着替えていらっしゃい」
「――えっ!?」
ルドヴィカは、すくっと立ち上がると、「はい!」と元気よく返事をした。アレクシスが目を真ん丸にしてルドヴィカを不思議そうに見ている。そして――最初の手合わせで、アレクシスを完膚なきまでに叩きのめしたのだった。あの後、緘口令が敷かれ、教官や護衛官が総とっかえされた。
(あれはちょっと無かったな…)
――剣の柄を握りしめ、思春期の少年に気の毒なことをしてしまった、といまさらながら反省した。
ルドはあれよあれよという間に予選を勝ち抜き、剣術大会本戦――赤の王国の首都中心部にある大競技場は、熱気で揺れていた。観客席はぎゅうぎゅう詰めで、肉を焼く匂いと汗の匂いが混ざり合う。
鼓膜を震わせる歓声の中、ルドは出場者用の控室で深く息を吐いた。
(ここまできたら……もうやるしかない)
予選は快勝続きだった。だが、本戦の舞台は別格。観客の数も、実力者の数も桁違いだ。
「……ルド、大丈夫か?」
後ろで控えていたアギトが低く問う。彼の声は静かで落ち着いているのに、どこか心配が滲んでいた。ちなみに体術に関してはアギトの方が強い。けれど、暗殺系というか暗器を使うため剣術大会向きではない。剣術大会には正統派の剣でなくてはいけないのだ。どちらが出場するかでひと悶着あった時、ルドはそう説き伏せた。
実は自分が出たかっただけ、というのはバレてないはず…
「うん。大丈夫」
ルドは頷き、腰に佩いた剣の柄を握る。その時、呼び出しの太鼓が鳴り響いた。
ルドは深呼吸を一つして、光差す闘技場の中心へと歩み出る。
大地に刻まれた円形の試合場は、白い砂が眩しく反射していた。観客席を囲むように掲げられた王国旗が、強い風にばさりと揺れる。
審判の声が高らかに響いた。
「――第一試合!ルド、対、ザカリー・ドゥラン!」
対戦相手は巨漢だった。分厚い胸板と太い腕、そして大剣。観客から「ザカリー!」「叩き潰せ!」と声援が飛ぶ。しかし、ルドは構えなかった。ただ剣を抜き、刃をまっすぐに相手へ向ける。
「いくぞォッ!」
巨漢が突進してくる。大剣が振り下ろされ、空気を切り裂く轟音が響いた。
瞬間、ルドの姿が消えた。
「えっ――!?」
次の瞬間、ザカリーの手から大剣が弾き飛んでいた。観客席からどよめきが走る。
「な、何をした!?」「今、見えたか!?」「いや、見えなかった!」
ルドは一歩も動揺せず、静かに剣先を下ろした。
(……悪いけど、本気を出した方が早いよね)
こうして、一回戦は一撃で終わった。相手から武器を奪う、もしくは戦闘不能と判断されると勝利なのである。
二回戦、三回戦も同じだった。ルドは鮮やかに、時には舞うように相手をかわし、一撃で制した。踏み込みは流麗で、剣の軌跡はまるで光の弧を描くようだった。観客は気づけば息を呑み、ただルドの動きを追いかけている。
「なんだあの動き……」「……傭兵とも違うな」「異国風の動きだ」
観客席からは次第に、ため息まじりの歓声が広がっていった。
そして、決勝戦。
ルドの相手は、屈強な歴戦の傭兵・ガレス。筋骨隆々の戦士は、鋭い目でルドを見据える。
「ここまで勝ち上がってきたことは素直に称賛しよう。だが、手加減はしない」
「……望むところだ」
互いに一礼し、剣を構えた。審判の合図と同時に、二人は地を蹴った。剣戟が交わる。
ガキィィィン――!
甲高い金属音が競技場に響き渡り、火花が散る。
今までの試合とは違い、相手は重い。力だけなら明らかに上だ。
だが――ルドは退かない。
(アレクシスと稽古したときよりも……ずっと速い)
鋭い斬撃を受け流し、わずかな隙を突いて切り返す。観客席からは悲鳴にも似た歓声が上がった。
「ガレスが押されてる……だと!?」
「剣速が速すぎて見えない!」
ガレスは息を荒げ、苦笑を浮かべた。
「まさか……ここまでとはな。なかなかやるじゃないか」
「……おじさんもなかなか」
ルドは一歩踏み込み、低く呟いた。
「――悪くなかったよっと。」
瞬間、視界が閃光で染まる。次の瞬間には、ガレスの剣が宙を舞っていた。
審判が高らかに叫ぶ。
「勝者――ルド!!」
会場は大歓声に包まれた。




