1ー1.悪役令嬢、男になる
BLです。ご注意ください。
かつて、ルドヴィカは金の王国で、社交界の華として中心に立っていた。
銀糸の豊かな髪に魅力的な菫色の瞳。白い肌は陶器のようにキメが細かく、豊満な体は男女問わず視線を集めた。
「最近、殿下と不仲なんですって」
「聖女様の方がふさわしいのでは?」
「魔法の使えない者が王妃なんて、無理だったのよ」
「聖女様に嫌がらせをしてるって聞いたわ」
ルドヴィカが大広間に足を踏み入れると、陰口がさざめきのように広がる。意図的にルドヴィカの耳に入るギリギリの声量。ルドヴィカは気に留める様子もなく、まっすぐに前を見据え、婚約者であるアレクシスの元へ向かった。アレクシスの隣には、庶民から選ばれたという噂の聖女がまるで恋人かのように寄り添っている。アレクシスが近づいてくるルドヴィカを冷たく睥睨する。
(なんて浅はか…)
ルドヴィカは眉をしかめ、美しい菫色の瞳が鋭く聖女を貫く。聖女はわざとらしく震え、アレクシスの背に隠れた。ルドヴィカを睨みつけたまま、アレクシスの口元が勝ち誇ったように吊り上がった。
突如、アレクシスが王座前に立ち、聖女の手を取る。
「この者、聖女エリスは神に選ばれし者。
よって、ルドヴィカ・フォン・ルクレツィアとの婚約を、この場をもって破棄する!」
ルドヴィカは、ふわりと笑った。
(ほんと浅はか…)
「何を笑っている!?ルドヴィカ・フォン・ルクレツィア!」
「殿下のお言葉、謹んで承ります。」
アレクシスは怒りに眉を吊り上げる。ルドヴィカはアレクシスの怒りなど意に介さず、淑女の礼を取った。壇上に立つアレクシスは、冷徹な琥珀色の瞳でルドヴィカを見下ろす。
「ルドヴィカ・フォン・ルクレツィア公爵令嬢──」
「……はい、殿下」
「貴様が聖女エリスを幾度も陥れ、貶めた罪。ここにて断罪する」
どよめきが広間に走る。
ルドヴィカは顔を上げ、菫色の瞳でアレクシスをまっすぐ見返した。
「殿下。……そのような事実はございません。どなたが、そのようなことを?」
アレクシスは冷たく視線を逸らし、背後に控える白いドレスの少女へと手を向けた。
「証人はここにいる。──エリス」
聖女エリスが一歩、前に出る。
涙で潤んだ青い瞳を震わせ、今にも崩れ落ちそうな演技で声を震わせた。
「ルドヴィカ様は……わたくしに、『平民風情が殿下と親しくするなど身の程を弁えろ』と……」
「そのようなこと──申し上げた覚えがありませんわ」
ルドヴィカは低く、はっきりとした声で否定した。
だが、周囲の空気は一瞬でエリスの味方に傾く。
「ルドヴィカ。お前を信じたかった。だが、証言は揃っている」
アレクシスの瞳には、一片の迷いもなかった。ざっと人垣が割れ、幾人かの令嬢が歩み出る。証人――なのだろう。一部、学友と思っていた面々がルドヴィカから気まずそうに目をそらす。
(そう…結局そうなる運命なのね)
どれほど絆を築こうと、信頼を積み重ねようと、努力しようと――結局、ゲームの強制力の前では無力だ。
「よって、ここにおいて──お前との婚約を破棄する」
「さらに、公爵令嬢としての地位も剥奪する。」
会場に大きなどよめきが広がった。
ルドヴィカは震える唇を噛みしめながら、かろうじて微笑を形作った。
「……殿下。わたくしは、無実です」
「まだ言うか!エリスを泣かせたことが罪なのだ。しかし今までの情もある。今後は妾として側においてやろう。」
”妾”―言われた瞬間、ルドヴィカの中で何かが崩れ落ちた。
(ここまで愚かだといっそ笑えてくるわ…!もういい!全部ぜんぶ!もういい!!)
吹っ切ると同時にルドヴィカの足元に淡い光が走った。
大理石の床に刻まれた見覚えのない紋様が、ひとりでに複雑に絡み合い、円環を形成していく。その魔法陣は幾何学模様を幾重にも折り重ねたように入り組んでおり、見ているだけで視界が歪むほどだった。
「ルドヴィカ! お前、魔法は使えぬはずでは――!?」
アレクシスの声など耳に入らない。
ルドヴィカは一歩、また一歩と前へ進む。
その周囲の空気は冷え込み、呼吸をすれば喉奥が凍りつくほどの冷たさに満ちた。やがて、陣の中心から黒煙が逆巻いた。冷たい風が巻き起こり、天井のシャンデリアが軋みを上げた。その中で、低く響く声が広間に満ちた。
大理石の床からゆっくりと悪魔が姿を現わす。
『……我は、東方に座す七十二柱のうち、第一位に連なる王なり。バエルと呼ばれし者、天と地と冥府を司りし者にて候。汝、凡俗の身にして我を喚びし者よ――名を告げよ』
空気そのものが重くなる。
周囲の野次馬たちは恐怖に悲鳴を上げて逃げ惑い、アレクシスでさえ一歩後ずさった。
ルドヴィカは一歩も退かず、静かに名を告げる。
「我が名はルドヴィカ・フォン・ルクレツィア。我が願いを聞き届けに来たのならば、取引を――」
『ふむ……ルドヴィカよ。願いを聞こう』
「ルドヴィカ!!何を!」
バエルの瞳は、灼けた黄金のように暗闇に輝く。
ぞっとするほど人ならざる眼差しに見据えられ、ルドヴィカは一瞬息を呑んだが、揺らぐことなく頷いた。アレクシスが叫んだが、どちらも取り合わなかった。
「ええ。願いはただひとつ――私の性別を、男に変えてくださいませ!」
「「「えっ…?」」」
全員の声が重なった。




