8-4.悪役令嬢、バグとなる
聖女は嵐のように現れ、嵐のように去っていった。たった半日の滞在で神聖国の中心部でのパレードに、神聖国国家元首である教皇への謁見を済ませ、帰っていった。
紙吹雪が風に飛ばされ、さあっと紙の擦れる音がする。
ルドは神殿の前に佇み、様子を伺った。神殿前はしんと静まり返り、人の気配もない。投げられたテープや紙吹雪が昨日の熱狂をかすかに残すのみだった。
ふと、足元に小さな影がさす。
顔を上げると、セシルが立っていた。
「ようこそ、ルドヴィカ様。待っていましたよ」
***
通されたのは、応接室でもないただの掃除夫の部屋だった。
家主が居なくなって久しいのだろう。生活の気配はない。しかしテーブルと椅子はどこかから運び込まれたばかりなのか、清潔に保たれていた。
「どうぞ」
セシルが、ルドに椅子に腰かけるように勧めた。小さな丸いテーブルを挟み、向かい合う。
「僕に、何かご用があるのでしょう?」
「…」
ルドは警戒心を露わに、セシルを見つめた。
何故、ルドヴィカと呼んだのか。何故――用があると確信しているのか。
「聖女のことでしょう?驚きました。あれほど穢れた魂の聖女が存在するなんて」
いつまでも口火を切らないルドに、セシルから話を切り出した。ルドはこれ以上ないくらい驚いた。
「え…」
「あなたのことは分かります。僕たち聖職者は神聖力で魂の輝きを見ることが出来ます。あなたはルドヴィカ様だ。」
ルドは後ろにいるアギトに助けを求めるように見た。
アギトが頷く。セシルは嘘や当てずっぽうを言っている訳ではない、ということだろう。ルドはセシルを見据え、重い口を開いた。
「エヴァンス神官長様、お力添えを頂きたく、参じました。」
ルドは、断罪からの物語を語った。
聖女に陥れられ、断罪されたこと。聖女から逃れようと男になったこと。そして、サムターンの呪いをかけられたこと――すべてを聞いたセシルは、重苦しい空気を振り払うように笑った。
「よくぞ、生きて戻られました。ルドヴィカ様。貴方は勇敢です。」
「そ、そんなことは…」
年長者から褒められ、照れてしまう。大層なことはしていないつもりだが、今までの緊張から、ぽろりと涙がこぼれた。
「っ…!」
「きっとご家族も貴方を誇りに思うでしょう。」
「そんなっ…!迷惑をかけてばかりで…」
ひくっ、としゃくりを上げる。ため込んでいた感情が堰を切ったようにあふれ出す。しばらく、二人はルドの泣くままに任せ、黙っていてくれた。
ひとしきり泣くと、気恥ずかしさがこみあげてくる。
「あの…聖女に会って、何か感じられましたか?」
「ええ。ものすごい魅了を感じました。耐性のない者はイチコロ、でしょうね」
少年のような見た目から、イチコロという言葉が出てくる。なんだか見た目と中身が不釣り合いな人だな、とルドは内心首を傾げる。こんなキャラだったかな。
「エヴァンス神官長様は何故、その魅了にかからなかったのでしょう?耐性?があったのですか?」
ルドが尋ねると、セシルは少しだけ視線を伏せてから、ゆっくりと顔を上げた。
「……おそらく、理由はひとつです」
「ひとつ?」
「先日お会いしてから――どうしても、貴方から目を離せなくなったんです」
「へ?」
ルドはぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「……不思議ですね。貴方に惹かれていると、聖女の魅了が効かないんです」
「チョット、オッシャッテイル意味が分かりません」
「あなたのことが××になったので、余所見が出来なくなった、と言っています。」
セシルの言葉を遮るようにアギトがルドの耳を塞いだ。
「ん?」
聞こえなかったルドはもう一度、言ってくれないかと、今度は反対に首を傾げた。
「ん?」
セシルも面白そうに対面で同じ方向に首を傾げる。
(ショタっぽくて可愛い!…じゃなくてっ!!)
そう思った瞬間、アギトが後ろから強制的にルドを抱え込んで、セシルの目線を遮った。ルドは椅子ごと倒れそうになって、アギトの腕に縋りつく。
「わっ!アギト!」
非難するように見上げると、むっつりと不機嫌そうなアギトの表情が目に入る。ルドがセシルに好感を抱いた瞬間に反応するという、驚くべき観察眼である。
「こ、こほん。どなたかに好感を抱いている人は魅了にかからない、ということでしょうか?」
「ええ…そう…そういうことでしょうね」
セシルは少し考える素振りをして、応えた。確定ではないが、と言いたげな表情だった。
「あと3人、いるんです。」
「……何が、です?」
セシルが細い眉を寄せる。
「聖女が魅了で狙う可能性のある人が、あと3人います。」
「…それはどういうことです?」
セシルは目を細めた。疑っている、というより何故お前がそんなことを知っているという疑惑の乗った瞳だった。ルドはその鋭さに思わず身を引く。しかし、腹にぐっと力を入れて、言った。
「赤の王国の騎士、レオン・バレンタイン様、青の王国の宰相、ユリウス・アーデルハイド様、そして――白の王国の王、ダリウス・ノクス様です。」
「…何故、そんなことまでご存じなのです?」
セシルの声が低くなる。
問い詰めるというより、底冷えするような疑念が混じった声音だった。
――長い沈黙が訪れる。
「信じなくて構わん」
アギトが低く言い切る。
「俺たちは勝手に動く。お前は聖女に魅了されないように、それだけ気をつけていればいい」
「ア、アギト!?そんな言い方――!」
ルドが慌てて口を挟むが、アギトは視線を逸らさずに続けた。
「今の情報が本当なら、一刻を争う。説明に時間を割いている暇はない」
短く鋭い言葉が、部屋の空気をさらに緊張させた。
「証明のしようがない情報だ。今の話が事実なら、聖女が接触する前にこちらが警告しておく必要がある。一刻を争うのに、こんなやつへの説明で時間を割く気か」
アギトはもう、セシルをいないものとして勘定しているようだった。ルドだけを見て、ルドに向けての言葉を紡ぐ。
(ぐっ…!確かに…アギトの言う通りかもしれない)
セシルはしばらくルドを見つめ、深く息を吐くと、頭を下げる。
「……失礼を。疑ったわけではありません。ただ、驚いただけです」
セシルが椅子から立って、頭を下げる。
「えっ!いえ、そんな!信じられないのも無理はないかと…」
「いいえ。」
セシルが断じる。
「あまりに的確すぎて、驚いたのです。全員、各国の最重要人物ですから。」
セシルはため息をついて、続けた。
「聖女は国家転覆でも狙っているのでしょうか?」
(ううん、たぶん狙ってるのは“逆ハー”とは言えない…)
ルドは遠い目をした。




