8-2.悪役令嬢、バグとなる
神殿の中は、外の華やかさとは別世界だった。
白大理石の床がひんやりと光を反射し、聖歌のような低い旋律がどこからともなく流れている。高い天井のステンドグラスから差し込む光が、床に色とりどりの模様を描いていた。
(わぁ……すごい……ゲームで見たまんまだ……!)
“Colors”神聖国ルート、最初のイベント。
神殿で神官長セシルの「癒しの奇跡」を体験するシーン――
本来は、ヒロインが好感度を一気に上げる重要イベントだった。
ただし、ヒロインじゃないオレがここにいる時点で、ゲームのルートは完全にバグっている。
「よろしければ少し、癒しの祝福を受けませんか?」
セシルが柔らかく微笑んで、手を差し出してきた。
ルドは思わず目を瞬かせる。
「えっ……あ、オレ……?」
「ええ。長旅でお疲れでしょう? 癒しの魔術は痛みませんし……温かいですよ」
にこっと笑って、もう一歩近づくセシル。
至近距離で見つめられると、エメラルドグリーンの瞳が反射した光まできらめいていて、ルドは視線を逸らせなかった。
「……必要ない。」
低い声がして、我に返る。
アギトがセシルとルドの間に、自然な動作で立ち塞がっていた。
「え……でも、アギト……」
「こいつにそんなことをする必要はない」
きっぱり言い切るその声音は冷たくて、神殿の空気すら張り詰めた気がした。
「ですが、疲労が溜まっているご様子でしたし――」
「せ、せっかくだし、受けてみようかな~…なんて。アギト、いいよね?」
慌ててルドは割って入る。
まるでアギトとセシルの間に目に見えない稲妻が走っているみたいで、息苦しい。
「祝福って、あの、手を握るだけでいいんだよね……?」
「はい、そうです。ほんの少し神聖力を流し込むだけです」
セシルは柔らかい笑みを崩さない。
けれど、アギトの横顔は相変わらず無表情で、逆に何を考えているか分からない。
(こ、これ、アギト……絶対怒ってるよね!?)
「では、失礼しますね」
セシルがルドの手をそっと取った。
細く長い指先から、温かい魔力がじんわりと流れ込んでくる。
まるで日向の光に包まれるような心地よさに、思わず息が漏れた。
「ん……あったかい……」
「ふふ、よかった」
セシルは満足そうに微笑む。
その穏やかな眼差しに見つめられ、つられてルドもへらりと笑った。
「もういいだろう。」
ふいに、アギトの声が割り込んだ。
握る手はいつもより強くて、ルドは少し痛かった。
一瞬、セシルがほんの一瞬だけ意地悪そうに微笑んだ気がして、ルドはぎょっとする。
「神の祝福と相性がいいようですね。……やはり、あの方に似ていらっしゃる。」
「っ……!」
(!?…もしや、バレてる?)
驚きに頬が一気に赤く染まる。
そして――アギトの気配が、後ろでさらに低く沈んだ気がした。
「終わったか。」
「あ、あの、神官長様、ありがとうございました!」
そう言うと、ルドの手を取って自分の影に隠すように引き寄せる。
肩越しにちらりとセシルを見る視線は、まるで無言の刃のようだった。
(いや、まさか。バグ、バグだ。多分(probably)、おそらく(likely)…たぶん(maybe)、…たぶん?(perhaps)、…た、ぶん…?(possibly))
(ま、いっか!)
目的の攻略対象とも顔見知りになれたし、神殿を後にする。
次は家族への手紙だ――




