7-1.悪役令嬢、決心する
ルドはアギトに連れられ、呪術師の里へと向かった。
死海から離れても、一面、黒い土で覆われた荒野が広がっている。こんな不毛の地に集落があるなんて、人の生命力ってすごい、と感心するばかりだ。
「ここだ」
「ここ?」
そこには何もなかった。目の前にあるのは切り立った崖くらい。
「目くらましの呪いがかけてある。少しいいか。」
そう言うとアギトがルドの目を手で覆った。何事かつぶやき、最後に瞼にキスされ、びくっと反応すると「目を開けて、いいぞ」と面白そうな声が降ってきた。
案の定、アギトは笑っている。
「最後の必要あった?」
「あった、あった」
(くっ…!これはからかわれているのか?いや呪いの一環かもれないし…!)
顔を赤らめながらも、抗議は飲み込んだ。だって、本当に呪いだったかもしれない。アギトはルドの手を取り、目くらましの呪いをくぐる。くぐると、崖の隙間を抜けた先に突然開けた市場が広がっていた。小さな店がひしめき合い、人々が行き交っている。
(え…さっきまで人の気配すらなかったのに!)
ルドは驚きに目を丸くした。市場には見たこともない果物や香辛料、鮮やかな布が並び、
呪いの店まであった。『呪い、売ります』なんて垂れ幕が掲げてある。
「そんなに見ると目玉が零れ落ちそうだ」
「すごい…すごいね!アギト!」
「“呪い売ります”だって!初めて見た!」ルドは興奮気味に言った。アギトが柔らかく笑ったので、ルドは真っ赤になり口をつぐむ。
(は、はしゃぎすぎた…///)
市場を抜けると、洞穴のような小さな居住区に辿り着いた。
アギトは市場で必要なものを買い、一つの天幕の中へ入る。
そこは岩をくり貫ぬかれて作られた居住スペースだった。小さな窓も開いている。小人の家みたいで可愛いな、とルドは辺りを見回した。
「ここがアギトの家?」
奥の机には薬草や呪術道具らしきものが並んでいる。一か月も家を空けていたのに、人の気配が残っているようで不思議だった。
「ああ、他に誰もいないから適当に寛いでいい」
アギトの声で少し緊張が解ける。
市場では不躾な視線が集まり、居住区ではひそひそ話と噂され、心細さを感じていた。知らない土地、知らない民族、知らない文化、何もかも目新しくてドキドキしたが、それと同時に異世界に一人迷い込んでしまったような心許なさと緊張を強いられた。
「皆、ルドのような綺麗な銀糸と瞳が珍しいんだ。許してやってくれ」
アギトが軽く頭を撫でた。
「なんだ、そういうこと!オレが入っちゃいけない所なのかなって緊張した!」
「黒土はどんな民族でも受け入れる。」
「それがたとえ、異国の王でも」と続けた言葉に、ルドは目を丸くした。
(……まるで、オレの出自を知っているみたい)
アギトの黒い瞳が、夕暮れの光を受けてきらりと揺れた。
「服を脱げ」
「は?…なんで?」
「肌の状態を見る」
アギトは薬瓶を持ってきたかと思うと、突然そう言った。
「あ、アギトは言葉が足りないと思う!」
「…そうか?これでもいつもより話しているつもりだが。」
「オレには足りないよ!」
赤くなって抗議すると、アギトは首を傾げてルドを見つめる。
視線を返せなくなり、ルドは渋々上着を脱いだ。
(オレだけ恥ずかしがっているの、バカみたいじゃん…)
半裸になって、アギトの前に立つ。
アギトの指先が腕をなぞり、つうっと触れた。
くすぐったくて身を引くと、逃げた腕を強く引き戻され、二人の距離が一気に縮まった。
(ち、近い!…これは診察、診察……っ!)
令嬢時代に視線を感じなかったわけではない。突き刺すような情熱的な視線も、ねっとりした即物的な視線も受け流せた。受け流してきたはずなのに、この男の視線は何かが違った。ぞく、と骨に染みるような、蠱惑的な視線。
「下も脱げ」
「し、下は大丈夫」
拒否したが、アギトの視線が鋭くなる。しぶしぶ、下も脱いだ。着替える動作を見られるのが恥ずかしくて、ルドは背を向けた。
アギトはランタンでルドの体を照らし、長い時間かけて隈なく観察する。
ルドは落ち着かず、心臓の音が大きく響いている気がした。
「服を着ていいぞ。経過は順調だ。おそらく痕も残らない。」
ルドはすばやく服を着ながら、アギトの診断を聞いた。
「ありがとう。アギトのおかげだ」
思わずアギトの手を握りしめる。何も返せないのが心苦しい。告白の返事すらまだ返していない。そうだ、告白の返事――しなきゃ。




