第五幕:鈍に揺れる縁
狂気は自認を蝕んでゆく。
はたして混沌が本質であろうとは、理解してすらいなかった。
空には鈍色の雲がかかり、太陽はわずかに漏れる光でしか感じられなかった。
雨でも降りそうなものなのに、じっとりと湿気がまとわりつくだけで汗が肌から離れない。
「悠ちゃん。こっちにおいで」
「は〜い」
子供が母と覚しき人物に駆け寄り、抱きついた。
なにやら懐かしい感覚に襲われ、自然に笑みがこぼれる。
”◯はあそこには座れてない”
当然だけれどそう思った。徐々に地面にシミができ始める。
「あ、雨だ」
空を仰ぐと、透明な放射線が目に入った。
「痛っ」
じわりと雨も涙も含む露が頬を横切る。
目を開けると、肌色の液体が地面に広がっているのが見えた。それが私の体であると気づくのに時間はかからなかった。
シュワシュワとジュワジュワと体が溶けてゆく。
痛みはなく、むしろ液体が自身を流す感覚が妙に心地よい。
冠は甲高い音をたてて雨を反射し、巫女の衣装はこんな中でも一際輝いている。
衣装の端が肌色に染まっているのが見え、急いで捲し上げると網膜の端に黒い革靴が見えた。
「藍!」
背筋が逆立ち、急いで近くの茂みに逃げ込む。
「何してるんだ、早く祠へ向かえ」
「嫌。この子と遊んでる方が余程楽しいもの」
「楽しい?」
藤色の縁のスクリーンにはあの頃の風景が無断転載されている。
肩を強張らせ、フルフルと全身と空気を震わせている。
「楽しめるほど余裕なんかないだろう!」
父は髪に掴みかかる。
髪型と表情が歪み、雨音も強くなっていって霧で視界が埋まってゆく。
しかし、あの様相は脳裏に焼き直されたままだった。
”ゴチン”
いつもの、見覚えのある部屋にいた。
まだ、手が震えている。
カーテンを開けると、まだ外が薄暗く、まだ寝られる時間帯であるがどうにも眠気は表に出てこない。
とりとめもなく部屋を出ると、目の前の山はほんのり日に照らされ、ほんのりと僕の目を焼いた。
「ふぅ」
しばらく様子を眺めた後、部屋に戻ろうとすると、自分の隣に影が見えた。
文字通りの動揺を示しながら影は近づいてくる。しかし、近づくほど薄くなっていき、触れると思ったときには霧散してしまった。
「ん?」
代わりにというふうに、風が頬を撫でた。
”ジリリリリリィ”
ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。次回はちゃんとするから。許して、切に。




