第一幕:桜は目の前に
思えば、ここで出会わなければよかったのかもしれない。
けれど、出会ってしまった以上、もう後戻りはできなかった。
あの朝、あの桜の下で、世界は静かに狂っていったのだ。
春休みも終わり、僕は新品の制服に袖を通す。
今日は入学式。けれど、気分は晴れやかというわけではなかった。
だって、入学式ってだるくない?
すでに内容の予測が可能な校長の話をたっぷり聞かされ、忙しく起立、気をつけ、礼。
あれはもう完全に大人たちの自己満だ。
「いってきまーす」
声は寂しく玄関に響いた。でも、あの人の声が返ってきても嫌だな。
扉を開けると、朝の光が僕を突き刺す。同時に、冬の残り香を運ぶ風が、目の前を通り抜けていった。
やっぱり、戻っていいかな?とため息をついたところで耳障りな声が降ってきた。
「ねぇ、知ってる?華堂さんのところの旦那...」
父は議員だ。しかも、黒い噂が絶えない。
汚職とか裏金とか、ドラマでしか聞かないようなやつを、平然とやっている。
けれど、本人はそれを隠し通し、選挙にはちゃっかり勝ち続けているのだから、なお質が悪い。
そこまでして何がしたいんだろう?
そんな父を持つ僕の世間体は、もちろんよろしくない。
小さい頃から悪口や陰口には慣れているけど、やっぱり気持ちのいいものじゃない。
「おはようございます!」
「あら、華堂さんの、今日は入学式?いってらっしゃい!」
まるで反対の表情をこちらに向け、おばさんたちは僕を送った。
”まだ悪口言われてるんだろうなぁ”
だが、これでいい。見られてさえいなければ、それでいい。
それでもちょっと、モヤッとするけど。
何かを振り払うために僕は坂を駆け下りた。
「危ない!」
そんな声が遠くから聞こえた。
地面が正面にある。
ふわりと、腕が引かれた。一寸先の衝撃音は誰かの胸の音に聞こえた。
顔を上げると桜を透かした光に一人の男の子が立っていた。
長めの髪が風に揺られ、瞳はやけに印象的だった。
「大丈夫?」
返す言葉もない...前回の投稿から1ヶ月も経ってしまい申し訳ございませんでした。




