エッセイ・短編 命・言葉・愛・感謝・希望等をテーマにした作品です
ボタンがずれて。
彼はよく言っていた。
私のことを大切だ。
大好きだ。
愛してる。
って。
そうやって、口に出せば、出されるほど、想いが軽くなっていくようで。
私は、簡単に口にするのが苦手だったから。
ある時、彼に聞いてみた。
「それって、心こもってる?」
「もちろん」
自信満々な物言いで、屈託のない、まるで少年みたいな笑顔を浮かべて。
私が彼の好きなところのひとつ。
そして、その後に彼はこう続けた。
もし、明日地球が滅んでしまったら、大切な人に大事なことを伝えられない。
だから、伝えられるときに、俺は伝えてる。
それは、舞、お前だけじゃないよ。
両親、兄弟、友達、同僚。
自分が大切に思った人には伝えているって。
「じゃあ、みんなに大好きって言ってるの?」
ちょっと意地悪く返してみた。
彼はもう一度微笑んで。
大切な人には、大切。
もしくは傍にいてくれてありがとうって。
感謝を伝えているって――
だから、私はあの時。
彼からの着信に「忙しい」を言い訳に出なかったこと。
後悔してる。
だって、普段なら出ていたはずだから。
あの時、電話に出ていれば。
せめて、メッセージを打つ数秒、数分。
一歩立ち止まって返信していれば、彼は事故に遭わずに済んだかもしれない。
だって、その直後といってもいい時間にそれは起きていたから。
――声も聞けたのに。
私はその時の優先順位を間違えていた。
前日、彼と些細なことで少しもめて。
ちょっとイライラしてたのもあった。
残業中で、トラブル対応していたとはいえ、電話に出られない訳じゃなかったから。
例えば気が付かないとか、それこそ出られる状況じゃなかったら、悔いの温度も下がっていたかもしれないけど。
とてもとても、取り返しのつかないボタンの掛け違いを私はしてしまったんだ。
棺の中の花に囲まれた彼の顔を見て。
ごめんね。
愛してるよ。
私は声にならない声で囁いた。
拙文、読んで下さり、ありがとうございます。