第83話 吸血鬼狩り
「許さないとまで言っていたこの私に、感謝をしている、と?」
「はい。葛城様や他の方々を毒牙にかけた貴方を許しはしませんが、わたくしに気づかせてくださったことは感謝いたします」
「どんな気付きだね?」
「わたくしが、タクト様を愛しているということです」
ダスティンは鼻で笑った。
「あの男の存在が誘惑を破り、今も勇気を与えているのだろうな。そして甘い恋の蜜が、貴女の心を満たしているのだろう」
「おかしいでしょうか」
「ああ、大切なことを忘れている」
ダスティンはフィリアに紅い瞳を向けてきた。
「その恋が実ると――彼が、貴女を受け入れると思っているのかね?」
「なんですって……?」
「私にはわかっているよ。貴女は落ちこぼれだ。父や母たち、兄や姉は言うに及ばず、下の兄弟にさえ劣等感を抱いている」
「そ、れは……」
「両親の秀でた物作りの才能も受け継げず、教えられた剣も、魔法も、魔物の知識も中途半端だ。それでどれだけのことができる? お飾りの姫以上のこと、誰が求める?」
「タクト様は、そのようなことお気になさらないはず、です……」
「いいや、一条拓斗の英雄ぶりは散々聞かされた。あれだけの英傑が、とても釣り合わない貴女を求めると思うのかね? 求めているなら、なぜ今までなにもなかった? その機会はいくらでもあったのに? 彼は、貴女になど興味はないのだ」
「……まさか……」
「もしやすると、彼にはすでに伴侶がいるのかもしれない」
「そんなわけが――」
ない、とは言い切れなかった。
切って捨てるべき戯言だとわかっている。わかっているのに、一度考えてしまうと頭から離れない。
ダスティンの目の紅さが、強くなっていく。
意識が、呑まれてしまう。
「……貴方は、やはり、紳士の皮を被った、卑劣漢、です……」
「人間ごときになんと言われようと価値がない。美しき人よ、貴女が我が家族となったときにまた話そう。それまで、貴女には保険になってもらう」
その言葉が聞こえたのが最後。フィリアの心は闇に落ちていった。
◇
丈二はダスティンの屋敷の玄関を、正面に捉えた。
ぎりぎりで封魔銀の影響範囲外にある距離だ。
「一条さん、こちらは配置につきました。手はずどおりに仕掛けたいのですが、フィリアさんが心配です。そちらでは確認できておりますか?」
拓斗にトランシーバーで連絡。彼には事前の取り決め通り、距離を取ってもらっている。封魔銀の影響範囲内にいては、大量の魔力石で作ったという薬品が効果を失ってしまう。
『ああ、魔力探査してみたけど、いるのはダスティンだけみたいだ。もう吸血鬼にされたのか……それともべつのところに隠してるのか……狙いはわからないけど、今は好都合だ』
「では仕掛けます」
『頼むよ、丈二さん。この戦い、君が要だ』
「お任せあれ。では、また後ほど」
丈二は、あのダスティンとひとりで対峙しなければならない。
覚悟はできている。そして、誘惑を無効化できる自分が、この役にもっとも適していることも理解している。
そのための装備もしてきた。拳銃に、アサルトライフル。そして、弾頭に封魔銀を詰め込んだロケットランチャー。
丈二はしっかりと狙いを定め、ロケットランチャーを発射した。
勢いよく飛翔した弾頭が、玄関ドアを突き破り、内部で爆発した。爆発したのは火薬ではなく封魔銀だ。粉末状の封魔銀が着弾点を中心に、広く拡散する。
まともに封魔銀を持っていっては逃げられる可能性が高いため、不意打ちで封魔銀をばら撒いてやったのだ。
その空間内では魔素は極薄となる。いかに上級吸血鬼といえど、大きく力が削がれるはずだ。
すぐさま丈二は屋敷へ駆けた。
壊れかけの玄関ドアを蹴破り、吹き抜けの豪奢なエントランスホールへ突入する。
人影を見つけ、それに向かってアサルトライフルを乱射。あえて命中はさせず、床を狙っての威嚇射撃だ。
「やめろ! この世界の人間は、ノックも知らないのかね!?」
上級吸血鬼ダスティンは苛立ちの顔で叫んだ。
「あなたのような悪党には、ノックしなくていいことになっているのですよ」
「この野蛮人め」
「人のことが言えますか。他人の心に土足で踏み入り、あまつさえ血を吸い、化け物に変える……。野蛮なことこの上ない」
「その大口は封魔銀を使ったがゆえのものかね?」
「この環境下で逃げ出さないところを見るに、話す余地があると考えていいのでしょうね?」
「そのつもりではなかったが、言いたいことがあるのなら聞こう」
「……では。こちらは日本国政府の方針で、異世界人は極力保護することとなっております」
「ほう、私を受け入れてくれると言うのかね」
「投降し、政府への協力を約束していただけるなら、衣食住を保証します。資金の援助も可能です。もっとも、あなたの犯した罪を償っていただいてからの話になりますが」
「面白いことを言う。私がどんな罪を犯したというのかね? せいぜい食事をして、家族を増やしていただけだ。君たち人間も、当たり前にしていることだろう?」
「あなたの言う食事とは、人間の血を飲むことで、家族を増やすのは、血を与えて吸血鬼を増やすことと考えてよろしいですか?」
「そのとおりだ」
「……よろしい、それが聞きたかった。それなら人間と認めなくていい。お前は、人間に擬態しただけの醜悪な魔物だ。保護する義務はない。ここで駆除する」
「封魔銀ごときで思い上がったか、人間! 魔素を封じられたところで、貴様ごとき虫けらを潰すに等しいぞ!」
「やってみるがいい!」
ダスティンは丈二に急接近。まるで弾丸のような速度だ。鋭い爪が突き出される。
咄嗟に後ろに倒れ込むように回避。同時にアサルトライフルをフルオートで発射。銃撃の衝撃を受け、ダスティンは床に倒れる。
霧化はせず、自らの足で立ち上がってくる。銃創は塞がっていくが、以前見たときのような高速の回復ではない。
やはり弱体化している。特殊能力も封じられている。
丈二も起き上がり、ダスティンに向かって再び銃口を向ける。
「昔は、吸血鬼狩りという響きにも憧れましてね」