第79話 目を覚まさせて、わからせてやる!
丈二や吾郎と別行動を開始してから、もう数日。
おれと結衣は、すべきことを終えて野営していた。
これまで食事と睡眠以外の時間は、魔力石を持つ魔物を探しては撃破するだけに当ててきた。その疲れで、結衣はよく眠っている。
おれも大量の魔力石の加工を終えて、ひと息ついたところだ。
作ったのは、以前、地上でグリフィンと戦ったときに使った薬の類似品。
あの薬は、ありあわせの魔物素材を煮詰めて調合して、魔力石に近い効果を生み出したものだ。今回は魔力石そのものを大量に使った。効果はあのときの比じゃない。
必ず、上級吸血鬼を消滅させられるはず。
そんなとき、ザッとトランシーバーにノイズが走った。びくっ、と結衣が目を覚ます
『――一条さん、聞こえますか?』
トランシーバーから聞こえていたのは丈二の声だ。すぐ応答する。
「よく聞こえてるよ。戻ってきたんだね?」
『ええ、第2階層入口の遺跡を過ぎたところです』
「首尾は?」
『封魔銀はご指示通りに加工できました。迷宮の一時封鎖も抜かりなく。ただ、問題が一件。いや、当然予想される件ではありましたが』
「……行方不明者かい?」
『はい。フィリアさんや葛城さん、武田さんパーティのふたり以外にも、行方不明者が出ています。数少ない目撃証言からして、例の上級吸血鬼の仕業かと』
「行方不明者が、全員下級吸血鬼として現れるかもしれないな」
『……覚悟はできています。それで、そちらの準備のほうは?』
「できてる。今は休んでいたところだよ」
『では、手筈通りに?』
「ああ、おれたちはこれから吾郎さんと合流する。この前みたいに、おれたちが露払いするから、丈二さんはそのあとを進んでくれ」
数日前、封魔銀を採取した丈二と吾郎を第2階層から安全に送り出すため、おれと結衣が先を行き、邪魔になりそうな魔物を倒しておいたのだ。今回もその要領で、封魔銀を持った丈二を安全に進ませる。
『了解しました。私はこのまま単独行動を続けます』
「よろしく頼むよ、切り札さん」
『そちらこそ、ご武運を』
通信を終えると、体を起こした結衣が覚悟の眼差しを向けてきていた。
「いよいよ……なんです、ね?」
小さい手には不釣り合いなほど重く大きいメイスを、ぎゅっと握りしめる。
「ああ、頼りにしてるよ結衣ちゃん」
おれたちは荷物をまとめ、丈二に先行していた吾郎と連絡を取り合い、合流した。
吾郎はおれの剣と鞭を持ってきてくれていた。おれも、吾郎から借りていた剣を返す。
もともとは封魔銀の回収は、おれと丈二がやるつもりで銃器を持ってきていた。封魔銀の影響下では、使い物にならなくなってしまう剣や槍よりはマシな武器だからだ。予定が変わって、おれが残り、吾郎が戻ることになったので、別行動前に武器を交換し合っていたのだ。
「ありがとう、吾郎さん。準備は万全かい?」
「ああ、やれるだけのことはやった。ちょいと癪だが、吸血鬼ヤロウは譲ってやる。オレはうちの若えのに説教してやらなきゃならねえからな」
「ユイも、紗夜ちゃんを……助けます……!」
結衣は髪留めを外し、代わりにいつか紗夜が彼女にしてあげたように、バンダナをカチューシャのように使って前髪を上げる。気合に満ちた瞳が露わになる。
「ふたりとも、覚悟は覚えてるね?」
「はい!」
「当たり前だろ」
「その上で言うよ。絶対、死なないでね」
「へっ、つまり絶対助けろってことかよ。当たり前だろ、やってやらあ!」
おれたちは北西へ向かう。
ダスティンが根城にしているであろう屋敷の位置は、おれと結衣で偵察済みだ。
丈二が追って来れるよう目印を残しながら進み、幾度かの魔物襲撃を退けた頃、屋敷の姿が見えた。
「……先生、なんの用ですか」
そこに現れたのは、紗夜だった。いつもの防刃ジャケット姿ではなく、いつか見た魔法少女の衣装。メガネもない。そして、首筋に吸血痕。
「紗夜ちゃん!」
結衣が、紗夜の目の前に駆け寄る。
だが紗夜は無感情に、魔法を発動させた。発生した火球が、高速で射出される。
おれはとっさに結衣に飛びかかった。着弾前に彼女を抱えて地面を転がる。的の外れた火球は後方の木に炸裂、炎上させた。
「紗夜、ちゃん……? なんで、撃ったの……?」
紗夜は結衣を無視した。
「先生、あたしお姉ちゃんに会えるんです。大好きだったけど、死んじゃったお姉ちゃん。だから代わりに、生きてる人に死んでもらわないと」
「紗夜ちゃん、なに言ってるの? ユイだよ!? ユイのことも見てよ!」
結衣は必死に叫ぶが紗夜は一瞥さえしない。
「結衣ちゃん、彼女は操られてる。たぶんおれを殺すよう命令を受けてるだけで、あとのことは夢の中にいるみたいに、支離滅裂な状態なんだ」
「これが、誘惑なんですね。ひどい……でも」
結衣は力強く盾を構え、再び紗夜の前に立ち塞がった。
「ユイが、目を覚まさせてあげる……! 紗夜ちゃんをわからせてやる!」
「お願いです、一条先生。早く死んでください。でないとあたし、お姉ちゃんに会えないんです。家族一緒になれないんです! だから!」
その声を合図に、周囲からぞろぞろと人影が現れた。
虚ろな目に、鋭い牙。首筋には吸血痕。
姿のほぼ変わらない紗夜に比べ、彼らの変化はわかりやすい。体格が一回り大きくなりつつある。服の袖が破れてしまっている者もいる。翼が生えかけているのだ。
まだ下級吸血鬼にはなりきっていない。予想より変化が遅い。第2階層の魔素が薄くて、進行が鈍かったのかもしれない。
ちらり、と吾郎が横目でおれを見る。
「なあ一条、封魔銀でこいつらを無力化できねえのか?」
「わからない。肉体が魔物に変わりかけてるから、魔素が枯渇したら死んでしまうかもしれない」
「ならいい。もとより、こいつらはぶっ飛ばすつもりだったんだ」
吾郎は自分のパーティメンバーである秀樹と孝太郎の姿を見つけると、そちらへ目を向ける。
「一条、ここはおれたちに任せて先に行きな」
「大丈夫なのか、吾郎さん、結衣ちゃん」
「大丈夫です! やってみせます!」
「当たり前だ。こっちにも備えはある! それよりお前と津田で、とっとと吸血鬼ヤロウをぶっ潰してきやがれ! そしたらこいつらも、もとに戻るんだろうがよ!」