第40話 もちろん離婚届ですよ
「美幸さんたちが見つかった!?」
その報を聞き、おれはいてもたってもいられなかったが、持ち場を離れるわけにはいかなかった。
おれは迷宮の入口に近い、道が大きく3つに別れる分岐点で、冒険者たちへの指示役を務めていたからだ。
始めこそ、各個人の裁量に任せていたが、誰がどこを捜索した共有できていないがために捜索箇所の重複や、人員の偏りなどが発生した。
捜索の効率があまりに悪かったのだ。
そこでみんなの情報を集約し、効率よく捜索をおこなうために指示を出す役目をおれが担うことになった。というか、気がついたらなっていた。
なので、捜索終了の連絡をしないうちに身動きはできない。伝令役たちが、捜索中の者たちに指示を届け、全員が無事に帰還するまでは待機だ。
やがて、フィリアや紗夜、その他の冒険者がほとんど戻ってきた頃、美幸と美里は、女の子冒険者に連れられてきた。
「一条くん……フィリアちゃん……ごめんなさい、私……」
美幸がなにか言い切る前に、フィリアは彼女を抱きしめた。
「わかっております。つらくて、怖かったでしょう……。ですが、もう大丈夫です。安心してください。大丈夫なんです……」
優しく声をかけるフィリアの胸で、美幸はぽろぽろと涙を流す。すすり泣く声だけが静かに響く。
バックパックから顔を出している美里は、黙ったまま美幸の頭を撫でてあげている。
おれは美里たちを見つけてくれた女の子冒険者に向かい合った。
「ありがとう。よく見つけてくれた」
「いえ……助けられて、良かった……です」
人見知りなのか、そっと視線を下げてしまう。
それで長い前髪が目元を完全に隠してしまう。黒髪のショートボブ。小柄で、まるで小動物のような印象を受ける。
「あの……報酬は今度でいい、です。モンスレさん、まだやること、あるんですよね?」
「ああ、すまない。君の名前を教えておいてくれないか」
「今井結衣、です」
「ありがとう結衣ちゃん」
改めて礼を言うと、結衣はぺこりと頭を下げて、そそくさと立ち去ってしまった。報酬を渡すときに、また会えるだろう。
それより今は……。
「美幸さん、無事でよかったよ」
「一条くん……でも私、これからどうすればいいのかわからないの……。ここから外に出たら、またあの人が……。逃げても逃げても、あの人はどこまでも追ってくるの」
「大丈夫です。おれに任せてください」
「任せても……いいの? 私なんかのために……?」
「力になるって言ったじゃないですか」
「そうですよ、美幸さん! 及ばずながらあたしもお手伝いします!」
紗夜も真剣な目で拳を握りしめる。
「家族を物かなにかだと思ってるやつなんて……あたし、絶対許しません! また美幸さんになにかしたら、あたしがやっつけてやりますから!」
いつだか紗夜は、殴ってくる母がいると言っていた。美幸へは深い共感と、家庭内暴力への強い嫌悪があるのだろう。
「頼もしいな、紗夜ちゃん。でも、まずはおれに任せておいてね。君は美幸さんたちを、しっかりガードしておいて欲しい」
誰彼構わず平気で暴力を振るうようなやつが相手だ。紗夜まで傷つくことは避けたい。
それに、おれの考えている対処法に、暴力は必要ない。
◇
捜索に出てくれていた冒険者たちが全員戻ったのを確認してから、おれはひとりで迷宮を出た。
「そこにいやがったかクソ間男ヤロォオ!」
やはり出待ちしていたか、あの男がすぐさま駆けてくる。ライセンスが無いからゲートを通過できないはずなのに。
おそらく迷宮周囲の金網を強引に乗り越えてきたのだ。有刺鉄線にやられたか、手や足にいくつか切り傷がある。
「美幸はどこだコラァ!」
いきなり殴りかかってきたので、おれは最小限の動きで回避する。反撃はしない。すると今度は胸ぐらを掴んできた。
「見つけたんだろ! 中にいたんだろ美幸はよぉ! どこに隠しやがった!?」
「落ち着けよ、あんたを案内してやろうと思って出てきてやったんだ」
「あぁ?」
「おれはあんたを誤解してたよ。美幸さんには、つきまとわれて困っていたんだ。連れて帰ってくれるなら大いに助かる」
「はっ! そうだろうよ、あの女はなぁ、オレぐれえじゃねえと付き合いきれねえんだよ。てめえの身の程がわかったかコラ」
どうやら自分に益のある嘘には簡単に引っかかるらしい。やはり理性がない。
「なら話が早い。おれはもうあの人には会いたくない。地図を書いたから、印をつけた場所に行くといい。この魔物除けがあればそこまで安全に行ける」
地図と魔物除けを渡すと、男は奪い取るように手にした。
「本当に安全なんだろうな?」
「あんたもあの動画を見たなら、効果はよくわかってるはずだ」
「ちっ、嘘だったらてめえぶっ殺すからな!」
悪態をつくのみで、礼も言わず迷宮に入り込んでいく。
その背中を見送ってからしばらく。
フィリアと紗夜にガードされながら、美幸が迷宮から出てきた。彼女たちには隠れていてもらったのだ。
「一条くん、大丈夫だった……?」
まだ不安なのか、美幸は迷宮のほうをチラチラ見ながら尋ねてくる。
「ええ、それよりこれで安心です。やつはもう美幸さんにつきまとわない」
「そうなの……? まさか一条くん!」
美幸を始め、フィリアも紗夜も、戦慄した視線を向けてくる。
「魔物に、処分させるのですか……?」
「先生……あたし、そんなの思いついてもやる勇気ありません……。プロって、覚悟がすごいんですね……」
おれは苦笑してパタパタと手を振る。
「いやいや、さすがに死なせはしないよ。彼は無事に戻ってくるって」
「そうなんですか……って、それじゃ、意味なくないですか? 騙したって怒られるだけですよ!?」
「平気平気。それより美幸さん」
おれは時計を確認した。よし、まだ間に合う時間帯だ。
「今のうちに役所に行って書類を用意しておきましょう」
「なんの書類?」
「もちろん離婚届ですよ。戻ってきたら、やつは喜んでサインする。いや、むしろ向こうが言い出してくるかもしれない。別れてくれ、ってね」
そしてにやりと笑ってみせる。
「なにせおれは、やつに理想の女性を紹介してやったんだから」