第164話 【生配信回】ドラゴンを喰らう!②
「てぇああぁ!」
気合の叫びとともに結衣の『破鎚ドラゴンファング』が赤竜の眉間に迫る。
さしもの赤竜もこれには危険を感じたか、頭部の角を差し向け、受け止めようとした。
次の瞬間、激しい破砕音が高く響いた。
――ガァアァア!?
赤竜の悲鳴にも似た叫びが上がる。
"砕いた!"
"竜の角を!"
"なんだ今の動き! 空中で軌道変わったよな!?"
"ユイちゃん! 今度こそ落ちるぞ!?"
反動で体勢を崩した結衣は、真っ逆さまに落ちていく。
それを霧化したロザリンデが、いち早く空中で受け止め、一緒に着地する。
「ありがと、ロザりん」
「ええ。いい威力ね、新装備は」
「うん」
結衣は破鎚についている小さなレバーを引く。
がしゃんっ、と魔力石が煙とともに排出される。排出された魔力石は、蓄積された魔力が空っぽになった物だ。続いて結衣は、腰のポーチからべつの魔力石を取り出す。破鎚に入れ、レバーを戻して装填。
魔力を供給され、破鎚に施された魔力回路が淡く輝く。
結衣の新武装『破鎚ドラゴンファング』は、その名の通り、竜の牙から作られている。
牙の形状はほぼそのままに、より鋭く磨き上げ、さらにアダマントでコーティングしている。
ここまでなら、フィリアや吾郎たちの剣『ドラゴントゥース』と、さほど変わらない。ミリアムの技術だけでできる。
そこに敬介のアイディアが加えられている。
内部に魔力回路を施されており、柄に取り付けられた引き金を引くことで発動する。その効果は、爆発だ。
標準的な魔力石なら、一度で魔力を消費し尽くしてしまうほどの爆発魔法を、鎚の底面側から発動させている。これを推進力として活用しているのだ。
結衣が空中で加速したのは、この機能を使ったがためだ。
武器そのものの威力・重量、結衣の筋力、そしてこの爆発的な推進力。
すべてが揃えば、本物の竜が敵を噛み裂く威力にも劣らない。まさに『竜の牙』の名に恥じない、必殺の破鎚だ。
"おいおい、なんだよそのギミック"
"かっこいいじゃねーか"
"こんなん、男の子が大好きなやつやん"
"女の子も好きですけお!"
結衣は砕いた竜の角を、わざと大袈裟な動きで足蹴にした。戦いの邪魔だとばかりに。そして破鎚を構え、片手を振る。赤竜への挑発だ。
"ユイちゃんのこういう表情、いいよね"
"普段おとなしい子の戦闘中の挑発に、胸を焦がす人もいると思うんだ"
"俺もユイちゃんに挑発されたい"
しかしながら赤竜は乗ってこない。獰猛で好戦的ではあるが、決して知能が低いわけではない。むしろ好戦的であるからこそ、戦いにおいては頭が回るのだろう。
当初見せた興奮気味な荒々しさはなりを潜め、赤竜はぐるりと首を回して、おれたちの様子を窺う。
どうやら単なる獲物ではなく、敵と認識されたらしい。
再び結衣が前進。赤竜は、その全身を発光させた。魔力の光。
「魔法が来るぞ!」
「結衣ちゃん!」
おれの叫びに、すかさず紗夜が動く。地面に転がった盾を拾い、結衣に投げ渡す。
結衣は即座に防御姿勢。
刹那、彼女の眼前で爆発が巻き起こる。盾で防げるが、衝撃に結衣は後ろへ滑るように後退させられてしまう。
まるで魔鎚の爆発魔法の意趣返しだ。
"ドラゴンって魔法も使えるのか!?"
"相当な知力があるぞ、こいつ!"
竜が最強の魔物と呼ばれるのは、その強靭な肉体の戦闘力だけではない。それだけなら匹敵する魔物は他にもいるのだ。
竜を最強足らしめているのは、その知性だ。長く生きるほどに発達していき、やがては魔法を操るに至る。長老レベルになれば、人間より遥かに高い知性を持ち、言語でコミュニケーションさえできるようになる。
その分、この前の緑竜より相当手強い。
ここまで成長した竜は希少だからもったいないが、赤竜は一度敵と認識した相手を決して逃しはしない。やるしかないのだ。
「うっ、ぐぅっ! くっ!」
爆発魔法を連続で受け続け、結衣は身動きできない。
おれたちは散開して攻撃の機会を窺うが、赤竜に隙はない。魔法を発動させながら、こちらの動きにも対応しているのだ。
巨大な尻尾を振り回すだけでも脅威だが、炎のブレス攻撃も、小出しに放ってくる。最初のように広範囲でない分、回避はできる。しかしそれでこちらの動きをコントロールされてしまう。気がつけば、爪や牙、尻尾の攻撃が回避困難な位置に追い込まれていたりするのだ。
まだ致命傷はないが、血は流れている。このままでは、いずれ直撃を食らうときが来る。
"隙がない……"
"どうするんだ、これ"
"モンスレさんだ。モンスレさんを信じるんだ……!"
「おい、一条! 隙がねえなら、こっちで作ってやるしかねえぞ!」
「ああ! 吾郎さんたちは備えててくれ! 丈二さん、ロゼちゃん! 例の手でいけるかい!?」
「なるほど、あれなら!」
「任せなさい!」
丈二とロザリンデが、正面から一直線に駆けていく。
赤竜は当然とばかりに、巨大で鋭い爪を振るって迎撃。
丈二の肉体を貫通。鮮血にまみれて、丈二は倒れ伏す。
"え!?"
"うっ"
"津田先生!?"
"バカな!?"
だが赤竜は、いち早く気づいたらしい。
一緒に迎撃したつもりのロザリンデの姿がない。
そして丈二が霧となって消える。べつの、より赤竜に近い位置に、ロザリンデとともに現れる。
ファルコンこと隼人が、梨央に刺されたときにロザリンデが救ったやり方だ。変身魔法の応用で、刺されたと誤認させ、同時に移動する。
"おお、残像拳的なかわしかた!"
"懐に入ったぞ!"
"いけー津田先生!"
赤竜の直下で、丈二が槍を振りかざす。これまでの短槍ではなく、長槍。柄は竜骨。刃はアダマント。
柄から刃まで、魔力回路が刻まれている。だが魔力石の装填・排出機構はない。
装備者自らの魔力が、魔力回路を起動させるのだ。
丈二の集中力の高まりとともに、槍が青白く発光し、帯電していく。
「我が『魔槍ドラゴンシャウト』の威力、とくと見よ!」
厨二病的な発言とともに、丈二は踏み込んだ。
竜の咆哮にも似た、轟音が鳴り響く――!