第158話 ファンタジー最強にして、みんなの憧れの魔物
「よし、じゃあさっそく作業を始めようか」
第5階層を先行調査するにあたって、おれたちはまず、第4階層に拠点を作ることにした。
といっても、第2階層の宿ほどのものは、作りようがない。
業者を使いたくても、ここまで護衛するのが難しいからだ。第3階層までならいいが、第4階層は数で押してくる魔物が多い。手数が足りなくなって業者を守りきれないかもしれない。
そこで大きな改装はせずに、拠点としての最小限の機能を持たせることにした。これなら、おれたちだけでもできる。
第4階層にはあちこちに部屋があり、少しの労力で安全地帯として利用できたが、それを少し強化するつもりだ。
ちょうど良く、仕掛けで扉が開閉する隠し通路の先に、複数の部屋が密集している箇所があったので、ここを拠点とすることにした。
仕掛けを利用すれば、魔物侵入も遮断できて安全だ。
魔力回路を描いて、各部屋に灯りと、かまど、電気コンセントが使えるようにする。魔力石の備蓄も保管しておくが、基本は冒険者が持ち寄った物を使ってもらうことになる。
また、保存食や医療品の無人販売所を設置した。緊急時には金など払わずに使用してもいい。
さらに、簡易な寝具も用意した。
こういった多くの荷物は、グリフィンたちに運んでもらったが、彼女らは第3階層からそわそわしていて落ち着かない。
周囲に自分たちより強い魔物がいるのは不安なのだろう。一応、複数の先行調査パーティで護衛しているが、早めに帰してあげたほうが良さそうだ。
どうせ今のところは、第4階層で活動するパーティも少ないのだ。一度に運べる荷物で作れる規模の拠点で充分だろう。
第2階層の宿を立派な高級ホテルとするなら、第4階層の拠点は、避難用の山小屋といった佇まいだ。
いずれはもっと充実させて、管理人なども置きたいところだが、今のままでも機能はする。第5階層の探索には、大いに役立つことだろう。
複数パーティで協力して1日で作業を終わらせたあとは、一泊してからグリフィンを第2階層へ送り届ける。
それから第4階層に戻って来て一泊。
第5階層の探索は、そのあとからだ。おれたちは、紗夜と結衣、吾郎たちのパーティと共に出発する。
「みんな、気を引き締めてね。第5階層の魔物は、かなり強力だから」
おれが第4階層の拠点作りを優先したのは、それが理由だ。
隼人たちが撮ってきた写真や、報告にあった特徴からして、現れる魔物は、大小はあれど竜種であることは間違いなかったからだ。
「竜……。ファンタジー最強にして、みんなの憧れの魔物ですが……一条さんがここまで慎重になるということはやはり相当恐ろしいのでしょうね」
「小さいやつなら、合成生物のほうが強いくらいだけど……基本的に弱点がないんだよね。魔法を使うやつもいるし、油断ならない相手だよ」
「小さいやつなら、ということは大きいものは……」
「今までの魔物とは格が違ってくる。そう多くはいないはずだけど、遭遇するたびに間違いなく死闘になる」
「……了解しました」
丈二は息を呑んで、頷くのみだった。
竜と戦うたびに死闘となるは仕方ないが、それで受けたダメージを癒すために第2階層の宿まで戻るのは効率が悪すぎる。せっかく倒した竜の縄張りに、別の竜が居座ってしまい、また進めなくなるかもしれない。
第4階層に拠点があれば、そういったロスは少なくなる。それが狙いだ。
とはいえ、それでは足りないかもしれないが……。
第5階層は、第1階層や第3階層と同じような洞窟だった。道はかなりの広さがあり、高さも相当なものだ。これなら大型の竜でも不自由なく行動できるし、翼竜種も充分に飛行できるだろう。
竜種は絶対数が少ないためか、探索を進めてもなかなか遭遇はしない。代わりに、とある金属の鉱脈が見つかった。
「すごいな。こんなところで、目にすることになるなんて」
「まあ、アダマントですか。わたくしも久しぶりに見ました」
フィリアも目を輝かせる。この金属の価値をよく知っているのだろう。
異世界でも屈指の硬度を誇る、希少金属だ。
「そういえば迷宮が出現した直後くらいに一度発見されてたっけ。あれってどうなったのかな?」
丈二に尋ねると、少し間を空けてから返事をしてくれる。
「研究に回されて、それきりですね。リチウムを上回るバッテリーの素材になり得るとか。それ以外にも活用法は色々あるそうですが、いかんせん数が少なかったもので」
「なら今のうちに採取してしまおう。アダマントがこんなに手に入るなんて、運がいいよおれたち」
喜ばしいことなのだが、丈二の表情は晴れない。緊張が滲み続けている。
「ジョージ、心配しないで。どんな魔物が出てきても、わたしがあなたを守ってあげるわ」
「いえロザリンデさん、心配というより――いえ、やはり心配なのですが、それと同じくらい竜を見て、戦うことができるかもしれないという点に胸が高鳴ってしまっているのです。落ち着きがなくて申し訳ありません」
「まあ、わたし以外に胸を高鳴らせるだなんて、妬けてしまうわ」
ふたりを微笑ましく思っていると、ずぅんっ、と地響きが鳴り響いた。
「地震?」
「最近多いな」
紗夜や吾郎が呟くが、その認識が間違いであったとすぐ気づく。
「違う! 竜だ!」
緑色の、2階建ての家ほどの大きさの竜がこちらに向かってきていた。
しまった、と思う。金銀財宝を好むタイプの竜だ。アダマントはあの竜の所有物だったのだろう。
みんなすぐ臨戦態勢を取るが、おれがいの一番に飛び出す。
「まずはおれが行く! みんなは遠距離から援護を!」
さっそく紗夜が弓矢で援護してくれる。フィリアやロザリンデも魔法攻撃を飛ばしてくれる。
緑竜は、ものともしない。だが気を逸らすことはできた。おれは一瞬で死角に回り込み、剣を振り下ろす。
がきぃん! と硬質な音が響いて、剣が弾かれる。手がしびれた。
「――やっぱりか!」
第4階層までは通用した武器も、竜の鱗には歯が立たない。
巨体に似合わない俊敏さで、噛みついてこようとする。その鋭い牙にかかれば、おれの体など一瞬で両断されてしまうだろう。
紙一重でそれをかわし、今度は全力で剣を竜の側頭部に叩きつける。
ぱきん!
刃の中腹で剣が折れる。
瞬間、竜は嘲るように笑ったように見えた。
対し、おれも不敵な笑みを返す。
剣を折ったのは、おれの作戦なのだから。