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第139話 過去形にすんじゃねーっつってんだよぉ!

 一週間、第4階層を捜索したが隼人も梨央も発見できなかった。


 本人が言っていた通り、梨央が闇サイトの運営者であることは間違いないらしい。彼女が行方不明となってから、闇サイトはろくに稼働していない。


 おれたちと対峙した闇冒険者のほとんどは捕縛して警察に引き渡した。しかし、その場から逃げおおせた者や、そもそも戦場に現れなかった者など、全員を排除できたわけではない。


 この先も闇冒険者の手配は続くだろう。


 それより――。


 連日、無理して捜索に出ている雪乃たちを、無視することはできない。


 おれは出発しようとする雪乃を呼び止め、別室に招き入れた。


 机を挟んで、ふたりきりで向かい合う。


「少し休んだほうがいいよ。顔に疲れが出てる」


「そうはいかねーよ……」


「君たちのほうが倒れてしまったらどうするんだ。君には弟さんだっているのに」


「そうだけどよ……アタシは弟だけが大事なわけじゃねーんだよ」


「捜索ならおれたちも続けてる。でも、手がかりはひとつも……君が見たっていう魔物(モンスター)さえ見つけられてない。闇雲に探しても意味がないんだ」


「だからこそ、もっと気合入れて探そうってんだよ!」


 雪乃は涙目で必死に訴える。


 その気持ちは痛いほどよくわかる。けれど、そろそろ潮時だろう。


「……これを受け取ってくれないか」


 おれは一通の封筒を手渡す。その厚みは1cmくらいはある。


「なんだこりゃ? おいおい、札束じゃねーか、なんのつもりだよ」


 中身を確認して驚く雪乃に、おれは努めて平静に言葉を紡いでいく。


「ファルコンの正体が、隼人くんだってことはもう知ってるね?」


「ああ、それが?」


「その封筒は隼人くんから預かってた物だ。ファルコンとしての活動は危険で……特にこの前の掃討戦ではもしものことがあるかもしれない。だから、そのもしもがあったら、君に渡して欲しいって頼まれてたんだ」


「は……?」


「これまで稼いだ貯金だって。少ないけど弟さんの手術代の足しにして欲しい、って言っていたよ」


 がたんっ、と雪乃は椅子を弾くように立ち上がった。


「てめー! なに言ってんのかわかってんのか!?」


 雪乃の手が、おれの胸ぐらを引っ掴む。


「こいつは……こいつは、もしものときに渡すもんだろうが! まだ違うだろ……まだそんなの、わかんねーじゃねーかよ……!」


 雪乃は怒鳴りながらも、うるうると瞳を潤ませ、ぼろぼろと大粒の涙を流していく。


「いや。きっと彼はもう……」


「なんでんなこと言えんだよぉ! おめーだって、あいつのことは、かわいがってたじゃねーか……!」


「ああ、おれも隼人くんは好きだったよ。いい子だった」


「過去形にすんじゃねーっつってんだよぉ! あいつはまだ生きてる……! 怪我して動けねえだけなんだよ! だから早く迎えに行ってやらねーと!」


 悲痛な声に、おれも感情が溢れ出しそうになる。拳を握りしめ、歯を食いしばって耐える。


 おれだって、隼人が帰ってくると信じたい。


 だが経験上、望みが極端に薄いということもよくわかっている。


 それに、雪乃が見たという魔物(モンスター)のこともある。


 彼女によれば、人間を丸呑みできるほど巨大なミミズのような姿だったという。地を這うように移動するが、折りたたまれた足も四本ついており歩行もするかもしれない。さらに、なぜか小さな翼や、魚のヒレのような部位も見られたという。


 そんな魔物(モンスター)、おれでも心当たりがない。


 異世界(リンガブルーム)魔物(モンスター)を、ほとんど網羅しているはずのおれが、だ。近似種さえ思いつかない。


 となれば、可能性はひとつ。合成生物(キメラ)だ。


 複数の生物を人為的に合成して作られる禁忌の生物。迷宮(ダンジョン)などで自然発生することなど決してありえない。だが第4階層は、石造りの――つまり人工的な構造となっていた。合成生物(キメラ)を生み出す装置や、あるいは、合成生物(キメラ)を製造できる何者かが存在していてもおかしくはない。


 そして合成生物(キメラ)であったのなら、隼人の発見は絶望的だ。


 合成生物(キメラ)は総じて強力だ。さらに、生まれた目的に対して非常に忠実でもある。人を襲うようなやつなら、手負いの者を決して逃したりはしない。人間を丸呑みにしてくるのなら、その人物の痕跡など一切残らない。


 かといって、その合成生物(キメラ)を追うことも、きっともう不可能だ。


 合成生物(キメラ)は、本来あり得ない肉体を持つゆえか、ほとんどの場合、寿命が極端に短い。巨体で激しく活動していたのなら、一週間もすれば確実に絶命している。その肉体は他の魔物(モンスター)に食われて消えているだろう。


 隼人にしても、彼らを襲った合成生物(キメラ)にしても、見つけることはできない。


 だが、今おれがそう伝えたところで、雪乃は納得しないだろう。


 それ以前に、感情が拒絶する。


 たとえ死だけならまだしも、そのすべてが消えてなくなっているなんて。


「前に言ったよな……。アタシ、あいつに告られたんだよ。でも……返事はまだしてねえんだ……。ちゃんと言ってやらねえとって、ずっと思ってたんだよ。あいつも、ずっと待ってるはずだからよ……」


「雪乃ちゃん……」


「せめて返事はしてやりてえんだ……。もし……もしも、本当に、お前の言う通りだったとしても、見つけてやって……ケジメだけは、つけておきてえんだよ……」


「そっか……。わかった、よ。話は終わりだ」


「ああ……」


「ただ、君にもしものことがあったら隼人くんだって悲しむってことだけは、忘れないでくれ」


「…………」


 雪乃は返事をしないまま、うつむいて部屋を出ていった。


「隼人くん……」


 ひとりきりなると、抑えていた感情が溢れてきてしまう。


 残された封筒に、しずくが落ちていく。


 あの素直さも。あの朗らかな笑顔も。正義を求めた心も。すべてが消えてしまった。


 そこにノックと共に丈二が入ってくる。


「一条さん、闇サイトに動きが――」


 が、おれをひと目見て、目を逸らす。


「――失礼。またのちほど話します」


「いや今聞くよ。話してくれないか」


「……わかりました」


 聞くところによれば、闇サイトがまた稼働し始めたのだという。それに伴い、新たな闇冒険者の出現や、潜伏中の闇冒険者がまた動き出す可能性が出てきたという。


「もう後釜が出てきたっていうのか……」


「ええ、早すぎるとは思うのですが」


「いいさ。やるべきことをやるだけだ」


「どうするのです?」


「……隼人くんならそうすることを、するんだよ」

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