第138話 闇サイトは終わりだぜ
これだけの戦力が揃っては、もはや勝敗は火を見るより明らかだ。
闇冒険者たちは抵抗はするものの、こちらを倒そうと考える者はひとりもいないらしい。どう逃げるか。いかに自分以外の誰かに敵を押し付けるか。
意志はバラバラ。チームワークなどあったものではない。集団で立ち向かえばまだ何組かは逃げられただろうに、次々に各個撃破されて捕縛されていくばかり。
それにしても――。
と雪乃は、モンスレこと一条拓斗の戦いぶりに目を見張る。
火蜥蜴から助けてもらったときは気が動転していてよくわからなかったが、こうして共闘してみると、その凄さにあらためて息を呑む。
まず、そもそもの基礎ステータスが高すぎる。いったい、レベルはいくつなのか? それだけの強さをどこで手に入れたというのか。
そして戦場全体の把握と判断が的確で早い。足の運び、攻撃の手順、敵を倒す順番。あまりに無駄なく最適化されすぎていて、まるで人形でも相手にしているかのように錯覚してしまう。最低でもレベル3の猛者たちを相手に、だ。強すぎる。
そのとき、拓斗が声を上げる。雪乃に向かって。
「梨央が逃げる! 雪乃ちゃん、君の位置なら追えるはずだ、行ってくれ!」
どさくさに紛れて梨央が逃げ出したことに、雪乃は初めて気付いた。そして雪乃の位置と、周囲の敵の位置からしても、確かに雪乃が追うのが一番いい。やはり拓斗はよく見ている。
「わかった! 梨央はアタシがぶっ倒してくる!」
「よろしく! ファルコンも行って雪乃ちゃんを守ってくれ! 紗夜ちゃん、援護射撃を! ファルコンの前のふたりだ!」
拓斗の指示を受け、紗夜が見事な二本射ちでふたりの闇冒険者の動きを止める。その一瞬、ファルコンの前方の道が開かれる。
「ありがとうモンスレさん、紗夜先輩!」
ファルコンはその隙間を駆け抜け、雪乃に追いついてくる。
梨央が逃げた第4階層の方向へ、ふたりで並走する。
「おい! お前、よくもアタシまで騙しやがったな。お前が刺されて、どんだけ心配したと思ってんだよ!」
「す、すみません。でも、あの場は黙ってたほうが」
「そりゃわかってるけどよ、アタシにだけ合図送るとか、なんかあったろ」
「って、言われても……。でも、俺なんかを心配してくれてたんですね」
「当たり前だろ! つ、付き合ってなくてもな、アタシなんかのこと好きなんて言う物好きは、気にしたくなくても、気になっちまうだろーが!」
「へっ?」
「そ、それ以前に大事な、パーティメンバーだしよ……」
「いやあれぇ!? もしかして覆面破れて――?」
ファルコンは覆面を手で触れて確認する。
「――ない。じゃあなんでバレて……?」
「あのな隼人、アタシが、どんだけお前のこと見てたと思ってんだ? 動きや仕草でバレバレだっつーの」
「そ、そうすか……。でも、へへへっ、雪乃先生、俺のこといつも見ててくれたんすね」
「か、勘違いしてんじゃねーよ! メンバーとして見てただけだかんな、メンバーとして!」
「あ……そ、そうすか……」
「ったく、バカ……。ひとりでこんなこと背負い込もうとしやがって……」
「黙っててくれて、ありがとうございます」
「こっちこそ、ありがとよ。お陰で、やつらをここまで追い詰められたんだからな! あとは梨央を潰しゃあ闇サイトは終わりだぜ、気合い入れろ、隼人!」
「――はい!」
やがて第4階層に進入する。
石造りの迷宮。これまでとは明らかに違う、人工的な構造をしている階層だ。
少しずつ梨央との距離を縮めてきた雪乃たちは、ここに来てさらに加速する。
梨央は走りつつ、何度もこちらを振り返っている。焦りの表情で、手に持ったスマホに向かって喚いている。
「ああもう、なんでなんでなんで! なんで出てくれないの!? バックアップしてくれるって言ってたくせにぃ!」
そして乱暴な手つきで、何度も何度もスマホをタップする。満足な結果が得られないのか、梨央はスマホ操作をやめられない。
「待て、止まりやがれ梨央!」
「うるさい! なんで追ってくるの!? なんであたしがこんな目に遭うの!? 依頼してたのはみんなのほうじゃない! あたしはその場を提供しただけで、なにも依頼してないし、受けてもいないのに!」
「そうじゃねえ! スマホから目を離せ!」
「なに言って――えっ」
やっと雪乃の声が届いたときには、もはや手遅れだった。
梨央のすぐ眼前には、雪乃も見たこともない魔物が大口を開けて突っ込んできていたのだ。
「梨央、逃げろ!」
「あ、やだ――!」
雪乃の叫び虚しく、梨央はその大型魔物に、丸呑みされてしまった。
雪乃と隼人は思わず立ち止まる。
「くそ! バカ野郎……ッ! 歩きスマホには気をつけろって言われてんのによ……!」
「言ってる場合じゃないです! こっちにも来ますよ!」
「くっそ! 初めて見るが、こいつはやべーぞ! 逃げるぞ、いいな!?」
「わ、わかりました!」
雪乃は即座に撤退。隼人は素直に従ってくれる。
だがしかし、想像以上に素早い。
「ダメです、雪乃先生! 追いつかれます! ここは俺が食い止めますから、先に行ってください!」
隼人が魔物に向かっていってしまう。
「バカ! 戻れ、隼人! 帰るんだ一緒に!」
「大丈夫ですから早く逃げ――!?」
その瞬間だった。
正面の魔物にばかり注意していたから、側面への反応が遅れてしまった。
同じ種類の魔物が、大口を開けて迫ってきていたのだ。
「隼人!?」
「くっ!」
回避しきれない。丸呑みは避けられたものの捉えられてしまう。魔物の牙が、隼人に食い込み、血が噴出する。
「隼人ぉおおー!」
「雪乃先せ――に、逃げ――」
そのまま魔物は雪乃に突進してくる。もう一匹も同時に。
どうする? どうすれば隼人を助けられる!?
こんな一瞬で、雪乃に実行できる有効な手立てなど存在しない。
突進を回避するだけで精一杯だ。
「ち、ちくしょお――!」
次の瞬間、方向転換してくる魔物の鼻先で、爆煙が巻き起こった。
魔法だ。周辺一帯に煙幕を張る魔法。
「今のうちに、逃げ、て――」
隼人の仕業だ。もはや姿も見えず、弱々しい声だけで雪乃を案じている。
だからといって逃げるわけにはいかない。どうにかして隼人の救出を!
そう意気込んで、煙幕が晴れると同時に魔法と武器の同時攻撃をしようと準備を整えていたのに。
煙が晴れたそこには、もう魔物たちの姿はなかった。