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第13話 ここから友情を育みたいのです

 人肉の味を覚えたグリフィンの危険性を訴えたのに、なぜ迷宮(ダンジョン)一時封鎖の提案が却下されたのか。


「いやぁー、前例がないっすからねぇ……」


 守衛所の職員らは、口を揃えてそんなことを言った。


「一条さん、まだ島に来て2、3日でしょう? ベテランの人がなにも言ってこないのに、初心者に訴えられてもねぇ……」


 異世界では誰もがおれの意見を尊重してくれたものだが、ここでは初心者の戯言と処理されてしまうらしい。


 他にも迷宮(ダンジョン)封鎖の権限がどうたらこうたら。


「素人が勝手なこと言うな」とばかりに説教じみた説明をされて、とにかくできない、と突っ返されてしまったのである。


 素人扱いは癪だが、だからといって放置はできない。他の冒険者による討伐も期待できない。


 冒険者はみんな覚悟の上だろうからまだいいが、この町で商売する人間や、フィリアの家にいたような子供や老人は違う。無闇に犠牲を出させるわけにはいかない。


「おれがやるしかない。グリフィン狩りだ……!」


 さっそく町の店をはしごして、使えそうな道具や装備を購入していく。武器屋『メイクリエ』にも寄ったが、フィリアはいなかった。きっと家で休んでいるのだろう。


 念のため、各店で危険だと伝えて回っていたが、どこまで信じてくれることやら。


 そんな折、スマホのメッセージアプリに着信があった。


『今日もウサギ料理食べて頑張りました!』


 写真も送られてくる。エッジラビットを料理したところを自撮りしたようだ。


『先生はあれからどうですか?』


『グリフィンを偵察してきたけど、紗夜ちゃんはしばらく迷宮に入らないほうがいい』


『なんでですか?』


『人肉の味を覚えてしまった。前より凶暴に人を襲ってくる』


 犬のキャラクターがガタガタと震えるスタンプが送られてくる。


『わかりました。しばらくって、いつまでですか?』


『おれがグリフィンを倒すまで』


 またスタンプ。お願いしますっ、と土下座するキャラクターだ。


『できるなら何日か島から出たほうがいいかも。町まで出てくる可能性がある』


 そのメッセージにはすぐ既読がついたが、返信があったのは小一時間後だった。


『考えておきます』


 素直な紗夜らしくない曖昧な答えなのが気になったが、おれは深追いはしなかった。


 というか、できなかった。


「ご主人様方、お夕食なら是非とも『メイド・イン・だんじょん』へお帰りくださいませ~」


「なにやってんのさ、フィリアさん! 足の怪我は!?」


 フィリアがまたメイド服で客引きをしていたので、思わずツッコんでしまった。


「これは一条様。いえ、足は痛むのですが、あまり歩かないお仕事ならいけるかと」


「いけないよっ。立ち仕事じゃないか」


「ですが、お金が必要なのです」


「気持ちはわからなくもないけど……」


 昨日の言葉を思えば、あまり強く言えない。


「しょうがないなあ。ちょっと待ってて」


 おれはバックパックから、ある物を取り出す。


「それは?」


「昼間に作ったエッジラビットのローストの余り。これを食べれば、一度くらいなら治療魔法が使える」


 しゃがみ込み、ローストを食べる。魔素(マナ)が体内に巡ってから、治療魔法を発動させた。


「すみません……。貴方にはご迷惑をかけてばかりです」


「ありがとうのほうがおれは好きだよ。っていうか、君が無理してなきゃこんなことしないんだからね?」


 あまり得意ではないし、わずかな時間しか使えなかったが、捻挫には充分だろう。


 フィリアは柔らかく温かい笑顔を見せてくれる。


「……ありがとうございま――」


「おやぁ? フィリアちゃん、今日も頑張ってるじゃ~ん」


 おれたちの会話に、ガラの悪い男が割り込んできた。前にもフィリアに絡んでいた男だ。


「もうすぐ期限だよぉ? そんな頑張んないでさぁ、楽に行こうよぉ。いい仕事あるんだからさあ」


 フィリアの視線が冷たくなる。


「……ごきげんよう」


 おれも立ち上がる。


「またあんたか。今日も寝かしつけて欲しいのかい?」


 ガラの悪い男はおれに気づくと、不自然に眉をひそめた変な顔で凄んできた。


「またてめえかよ! ラッキー1回で調子こいてんじゃねえよボケが!」


「2度目のラッキーも見せようか?」


「上等だコラやってみろ――って言いてえとこだけどよぉ、兄ちゃん、この子に土下座するほど入れ込んでるならよぉ、オレの邪魔はしないほうがいいんじゃないのぉ?」


 治療のためしゃがんでいたのを、土下座していたと勘違いしているようだ。


「この子が金を返せなくなりゃあ、別の商売を紹介するんだからよ。すぐ店で抱けるように――うがっ!?」


 おれは男の襟首をひっ掴み、持ち上げた。


「金を返すだって?」


「そ、そうだよ。あの婆さんの借金払ってくれるって言うからよぉ!」


 おれは男を、近くのゴミ捨て場に放り投げた。気絶して静かになる。


「どういうこと、フィリアさん?」


 フィリアは目を逸らし、少しの沈黙のあと口を開いた。


「……華子お婆様のご子息夫婦は、借金を残して亡くなってしまったそうなのです。家を手放せば、借金から逃れることもできたそうなのですが……思い出の残る家を去ることはできないと……」


「だからって君が払うのか? こんなにたくさん仕事して? どうして君が?」


「お婆様の居場所を、守りたかったのです。わたくしに、居場所をくださった方ですから」


「政府の人に話せば助けてくれるんじゃないのかい?」


「そうかもしれません。ですが、自分が助けたい方を、人任せにするのは筋が違っているように思います。それに……」


 フィリアはどこか遠い目をした。遥か遠くの地に思い馳せるように。


「いつか故郷と国交が生まれるなら、ここから友情を育みたいのです。わたくしは、違う世界の者同士が、互いに助け合った前例でもありたいと思います」


 彼女の言いたいことはわかる。


 政府に頼んで華子婆さんを助けても、結局は、国が自国民を救っただけに過ぎない。フィリアが自力で成し遂げなければ、本当の意味で異世界同士の友情とは言えない。


「お婆様には、黙っていてくださいね。ご自身の年金で、充分に返済できていると思っていらっしゃるのです」


「……わかったよ」


 こんな話をされては、おれにはもうなにも言えない。


「でも、しばらく迷宮(ダンジョン)には行かないでね?」


「なぜですか?」


「グリフィンが人の味を覚えてしまった。凶暴に人を襲うだろうし、この町にもきっと出てくる」


「それならなおさら倒しに行きませんと」


「君になにかあったら、お婆さんたちはどうなる? できるならこの島から避難したほうがいい。おれがグリフィンを倒すまで」


 フィリアは、小さく首を横に振った。


「それは、できません」

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