ⅩⅨー1 天月宗主
■天月宗主エル
エルは天月に捨てられた女の赤子だった。いまから四十五年前のこと。天月は親のない子を引き取ることでも知られる。子を育てられない親が子を天月に託したのだろう。
エルは幼い時から非凡な才能を示したという。当時、宗主であった老師が見込んで英才教育を施すよう取り計らった。エルは十八歳で天月修士に任ぜられ、二十五歳で博士、三十歳で高師として宗主の側近となり、三十五歳という異例の若さで宗主に選出された。
エルは、カイのような天賦の異能に恵まれたわけではない。だが、努力家であり、勤勉であった。また、天月少数派にも配慮し、融和を図ろうとしてきた。ルナ大祭典のような外部の企画にも協力的であり、内外に敵はほとんどいない。銀麗月カイに対しては、慇懃な態度をくずさない。スキがなく、情報管理も徹底している。
老師の姉弟弟子という関係には、カイはまったく無関心だった。カイは誰に対しても親しみも敵意も示さない。それはエルに対しても同様だった。ただ、エルの手法がもたらしたものが、果たして天月にとってよいものかどうかは慎重に見極める必要がある気がしていた。
カイが銀麗月に叙階されるにあたって、評価と試験の公開にエルはこだわった。何事も密室で決めるべきではない――。今日の情報公開の流れに即した、まっとうな意見だった。エルの行政方針全体を貫く姿勢であり、矛盾もブレもない。
数人の保守派の長老が反対した。銀麗月は天月にとっては特別な至高の存在――。普通の人間の基準で審査などすべきではないと主張したのである。これもまた、天月の伝統に則した見解であった。最後まで反対した長老評議員は引退させられた。気がつけば、エルの周りには改革派を名乗るイエスマンが多数派になっている。
銀麗月の審査を公開するかどうかなど、圧倒的なカイの力を前にすればほとんど意味がない争いだった。この争いで最も利益を得たのは、エルだ。エルは、伝統をめぐる意見対立の機会を存分に利用し、保守派の勢力を削ぐのに成功した。このままいけば、エルは独裁をまったく感じさせず、独裁に近い政治を行うことになりかねない。
■カムイの背中
カイは、天月士ミライをひそかに呼び出し、尋ねた。エルが拾われたときのことだ。当時、ミライはまだ十二歳。赤子エルのことはまったく知らないという。ただ、ミライが師事した女性天月修士ならば何か知っているかもしれない。ミライは律儀に師匠を訪ね、なにくれと世話を焼いていた。ちょうど翌日訪問する予定だったという。その機会に聞いてくれることになった。
その女性天月修士ハツはすでに引退しており、ふもとの村で悠々自適に過ごしていた。ミライが聞いたところでは、エルは、肌寒い秋の暮れに、粗末なおくるみに包まれて、天月門前で泣いていたという。おくるみには小さな木片がつけられていた。エルというアルファベットの大文字が墨で書かれていた。それが名の由来だという。おくるみと木片はエルの身元の手掛かりになるかもしれないと大事に保管され、いまは宗主本人の手元にあるはずだという。
――おくるみ? 木片?
朱鷺要と同じだ。年齢も同じ。捨てられた時期も重なる。
カイとリトは顔を見合わせた。もし朱鷺要と同じ木片であれば、エルが木片の力に気づいても不思議ではない。
朱鷺要とエルは、同じ人物か、もしくは、近い関係者によって捨てられた可能性が高い。この二人はどこで生まれ、なぜ捨てられたのか? おくるみと木片を知る手掛かりはないか?
宗主の住まいは警備が厳重で、入り込むスキは無い。宗主自身が高い異能をもつため、生半可な異能ではむしろ反撃される。とはいえ、銀麗月が乗り出すわけにはいかない。宗主レベルだと異能者の痕跡をたどれるからだ。
「やっぱりアイリの金ゴキか?」と、サキが呻くように言った。
「そうじゃの。カムイの背に乗せて金ゴキを運び、警備のスキを突いて映像を送らせるのが一番確実じゃな」と、ばあちゃんが言った。
決まりだ。アイリが呼び出された。なぜか、風子とモモもくっついていた。
「木片の場所がわかんないんじゃ、調べようがないよ。宗主の屋敷は広すぎる。せめて、このあたりとか、わかんないのかよ?」
アイリは広げられた宗主館の図面を前に腕を組んだ。
風子が叫んだ。
「クロだ! クロがいるよ。クロなら木片の匂いが分かるよ」
リトが唸った。
「そうだが、どうやってクロを天月に連れて行くんだ?」
「クロを小さくすればいい。カムイの背中に乗っけて運べるよ。違う? おばあちゃん」
風子の問いに、ばあちゃんが答えた。
「クロをミニサイズにするのは可能じゃが、クロとカムイは天敵のように仲が悪いぞ。大丈夫かの? カムイが途中でクロを振り落とすんじゃないかえ?」
風子が真っ青になった。それはイヤだ!
「それに、木片を見つけたら、クロは、ミッションそっちのけで、木片を抱いてトロンとなっちまうだろうな。すぐに見つかるぞ」とリトが言うと、みんなが肩を落とした。そうだった。あの木片には、マタタビ効果があるんだった。
――うーむ。
「オレがいくよ。オレなら金ゴキを連れて、クロと一緒に忍び込める」と、リトが言った。
とたんにアイリが叫んだ。
「イヤだ! あたしが行く! 金ゴキを操作できるのはあたしだけだ!」
「わたしも行きたい!」と、なぜか、風子までが顔を突き出して声を張り上げた。
「おまえらなあ、カムイの苦労も考えろよな。重すぎて落っこちるぞ」とリトが言うと、
「だって、リトだけカムイに乗るなんてズルイよ!」とアイリが反論し、
「わたしもカムイの背中に乗って、空を飛んでみたいもん!」と風子が引き継ぐ。
ばあちゃんがあんぐりと口を開け、サキが呆れたように毒づいた。
「おまえら、カムイの背中に乗りたいだけだろ? わかってんのか? ものすごく危険な仕事なんだぞ!」
カイが苦笑しながら、提案した。
「今回とは別に、カムイの背中に乗る機会をつくりましょう。それならいいですか? アイリさん、風子さん」
アイリと風子は互いの顔を見て、しぶしぶ頷いた。
「きっとだぞ!」とアイリが念押しし、
「シュウやルルやリクも乗せてあげてね! あ、モモとキキもだよ! わたしたちだけなんて言い訳がたたないもん」と風子が口を添える。
チームワークがいいのはいいが、結局、遊び感覚だ。
そっぽをむいていたカムイだが、ルルを背中に乗せると聞いて振り向いた。もともと、カムイはこの作戦に大反対だった。
だれもわかっちゃいないが、宗主館に忍び込むなんぞ、もしバレたら、カイは銀麗月の地位を剥奪されかねない。おまけに、背中に金ゴキだけじゃなく、天敵のクロを乗せろだと?
――ありえん!
カムイは、これ以上ないほど渋い顔をしていたが、ルルを乗せられるなら、何でもOK!
「なんぼでも頑張りまっせ!」と、うれしそうにみんなに告げた。うれしいときのカムイは、なぜか関西弁になる。
忍び込むのは、明後日と決まった。その日、天月宗主は天月迎賓館にウル舎村長を招いており、終日宗主館にはいない。舎村長一行の警備のため、宗主館の警備は手薄になる。
リトはカイやばあちゃんたちと相談し、現物を櫻館に運び込み、アイリに分析してもらうことにした。
ばあちゃんの工夫で、一定時間後にリトもクロも通常サイズに戻り、そのまた一定時間後にミニサイズに戻るように設定した。ミニサイズのままではブツを運べないからだ。
首尾良く、コトを成し遂げた後は、カイが待つ銀麗月の館に行くことになっている。そこにおくるみと木片をいったん預け、おくるみと木片はカイが空間移動で櫻館に運ぶ。
櫻館では、二つのものの組成をアイリが分析器にかけたあと、それらをカイが銀麗月館に戻し、リトが再度忍び込んで、元に戻す手はずだ。再びミニサイズに戻ったリトとクロをカムイが櫻館まで送り届ける...
――これらをすべて一日でやり遂げようというのだ。




