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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第十八章 広がる不穏
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ⅩⅧー5 断崖の岩

■天月見学

 風子たちは、カイに天月見学を申し出た。

 金ゴキを短時間で確実に動かすには、そばにいる方がよい。


 資料館は、天月山の中腹にある。すぐ近くまで車で出入りできる。風子たちは、当然のようにキュロスの車で向かった。資料館は、だれでも無料で見学可能で、これまでも天月以外の児童生徒を招くことがよくあった。

 担当者に指名されたヨヌは、資料館の見学をメインにコースを組み立てた。一泊二日の日程だ。


「〈蓮華〉の古代文化同好会のみなさんです」

 ヨヌが頼むと、二つの資料館の広報担当者は喜んで引き受けた。ヨヌの仲介で、資料館の現状を銀麗月が聞いてくれることになった。返しきれないほどの大恩だ。広報担当者は、精一杯の対応を考えた。


 晴れた週末、子どもたちがサキとともに資料館の玄関に集まった。二人の担当者はびっくりした。なぜかイヌとネコがいることはあらかじめ聞いていた。その対応は十分だ。

 驚いたのは、五人の子どもたちのうち、三人の子どもたちの並外れた美貌だった。美少年シュウ、美少女ルルとアイリ――天月にもこれほど美しい子どもはほとんどいない。うわさにきく銀麗月カイも、子ども時代はこのような姿だったのだろうか。

 さらに、運転手兼護衛とやらの大男にも驚いた。天月士はだれもが武芸の心得を持つ。大男にはスキがない。なのに、存在感がない。気配を消しているのだろう。


 まずは、自然資料館。

 多くの者が目を背ける奇妙な標本を子どもたちが熱心に見ている。特に美少女アイリは担当者を質問攻めにした。妙に高度な質問が多く、担当者が確認に走り回った。ついに広報では対応無理とばかり、専門の研究者が呼ばれた。

 子どもが関心をもってくれたことがよほどうれしかったらしく、その研究者は大喜びでさまざまなことを教えた。たかが子どもと舐めていたのだろう。アイリは巧みに本質に迫る質問を飛ばしていく。

 驚くべきことに、時々リクが質問を補足した。あのリクが、だ! 風子が感激してしまった。


 次に、文化資料館。

 ここでは、美少年シュウが大活躍した。高難度の質問攻めに会い、広報はほうほうのていで専門家にバトンタッチした。

 代わってあらわれたのが、よれよれの冴えない中年男だった。これが件の古参天月士だろう。ルルはじっくりと観察した。シュウの質問は、風子の予想をはるかに超えていて、風子がシュウを尊敬のまなざしで見た。シュウはうれしくてますます意気盛ん。キュロスが自慢そうにシュウを見守っている。


 アイリは、そっと金ゴキを飛ばした。この資料館の奥に保管庫があるらしい。金ゴキはまっしぐらに飛んでいった。電子錠で、網膜認証が必要だ。過去の認証結果のデータに金ゴキがアクセスした。そのままその天井の片隅にしがみついた。


 その夜、一行は、天月のゲストハウスに一泊した。

 金ゴキをアクセス拠点に、アイリがハッキングを行った。案の定、特定人物が頻繁に入室していた。例の古参天月士だ。だが、二十年ほど前には別の人物が何度か入室していた。マルゴだった。そして、十年前には天月宗主エルが何度か入室していた。


 翌日は天月博物館に向かった。天月の公式の歴史を展示している。

 博物館には、附属の天月図書館がある。多くの貴重書が展示されており、風子が目を輝かせた。

 その間、金ゴキは、アイリが解除した保管庫に忍び込み、中を動画撮影してまわった。奥に特別庫らしき扉があった。昼休みにアイリがこの扉も解除し、金ゴキが中に入った。所狭しと木箱が積み上げられており、そこから木片がのぞいていた。


 モモとキキは博物館と図書館には入ることができず、キュロスが相手をしながら、外でひなたぼっこをしていた。二羽の野ウサギがじっと二匹を見ていた。好奇心旺盛らしい。

 キュロスが手招きすると、近寄ってきた。警戒心ゼロか? モモは白い野ウサギと遊び始め、キキはグデンと寝そべったままだった。黒い野ウサギはキキのそばで跳ねている。


 一行は、昼過ぎには少し高台の展望台に行って、天月から蓬莱全島を見渡した。


 壮大な眺めだった。


 海には多くの島が点在し、波に洗われて美しく煌めいている。紺碧の海の向こうに大陸の山脈が霞む。その大陸の南部はシャンラのルナ遺跡、中央に張りだす半島にウル舎村古城、東方にはミン国のルナ遺跡、北方にはルナ大神殿がある。


「あれ?」

 風子が妙な声をあげた。

「どうした?」とサキが聞く。

「ここからだと、遺跡の場所がつながってるように見える……」

「は?」

「山と平野と海と遺跡の場所が、ルナ神殿のレリーフと似てるような……」


 サキがあわてて絶景を見渡した。言われてみれば、たしかにそうだ。サキは風子にこれ以上しゃべるなと目で合図を送り、さかんに写真を撮った。


 サキは案内役のヨヌに尋ねた。

「この場所の景色はすばらしい。いつ頃から展望台になったんだ?」

「うーんと、たしか百年ほど前からだと聞いています。もともとは、初代銀麗月が瞑想用に開いた場所とされ、天月修士が修行に使っていたのですが、あまりの美しさに天月士全体に開かれ、こうして見学者にも披露されるようになったのです」


「ほう……。で、天月関係者はよくここに来るのか?」

「子どもの頃に天月教育の一環として、一度は必ず来ますね。そして、天月の偉大さを感じるのです。でも、天月ではここほどではないですが、島全体の光景はあちこちで見えますので、そのうち慣れてしまって、この展望台は外からの見学者専用になっている状態です」


「初代銀麗月が瞑想した場所というのはどこなんだ?」

「向こうにあるのですが、危険なのでだれも行けません」

「危険とは?」

「断崖絶壁に張り出した岩の上なのです。ああ、あそこに見えるでしょう?」


■断崖の岩

 たしかに、岩が張り出していた。

「ここから歩いていけないのか?」

「それは無理です。こことあの岩の間には大きな断崖絶壁があります。太古に地割れでできたものでしょう。銀麗月だけが、特殊な軽功の力を使って飛び渡ることができると言われます」


「ということは、銀麗月カイどのであれば行けるわけだな?」

「もちろんです。銀麗月に選ばれるときの試験には、この断崖を飛び越えてあの岩の上に立つことが含まれるそうですから」


「軽功というのは、銀麗月だけの力か?」

「いいえ。わたしにも多少は心得があります。ただ、水平に多少長い距離を飛べるだけです。それくらいは天月士ならだれでもできます。ですが、ここからあの岩に飛ぶには、水平に遠く飛ぶ力と、垂直に高く飛ぶ力の両方が必要です。天月宗主ですら、垂直に飛ぶ力はほとんど持っていません」

「ほう……。銀麗月というのはすごいんだな……」


 ヨヌが誇らしげな表情で付け加えた。

「そうです。でも、じつは友レオンもあの岩の上に移れたのですよ」

「は? だが、その友レオンとやらは十歳で死んだんじゃないのか?」


「ええ。ですから、七歳のときです。わたしたちは、入学したばかりの天月学校の校外学習でこの場所に来たのです。そのとき、わたしは見たんです。友レオンがあの岩に立っているのを」

「見た……のか?」

「はい。一瞬でしたから、ほかの子はだれも見ていないんです。わたしだけが気づきました」

 ヨヌにはこれが自慢だったらしい。


「それで、引率の先生に伝えたんですけど、無視されました。そんなことはありえない。見間違いだと、笑われました。ですので、それからわたしは誰にもそのことは言いませんでした。だってその時まで見たことがない子だったのですから」

「見たことがない子?」


「そうです。友レオンはわたしたちとは別の英才教育を受けていました。優秀すぎたんでしょう。学校には来ていませんでした。でも、友レオンがピアノを弾くようになって、そのピアノの音にわたしたちも気づきました。すごくきれいな音で、楽しい曲が多かったんです。わたしはピアノが聞こえてくるところによく忍び込むようになりました。すると友レオンが気づいてくれて、わたしが行くとニコッとしてくれるようになったんです」

「ほう……」


「でも、いつからか友レオンの表情が暗くなりました。ただ、友レオンがときどきわたしたちのクラス活動にも参加するようになり、わたしはもちろん、女の子たちみんなが友レオンに夢中になったんです」

「へええ」

「だから、友レオンが死んだと聞いたとき、みんなショックで泣き出してしまい、授業が成り立たないほどでした」


「友レオンが暗くなった理由は知っているのか?」

「いいえ。理由はわかりません」

「友レオンにはほかに友だちはいたのか?」

「いいえ、いませんでした。わたしだけです」


「友レオンがピアノを弾いていることはみんな知っていたのか?」

「それは有名でしたから。友レオンが住んでいた場所は特別地区だったのですが、わたし以外にも忍び込む者はいたようです。友レオンはそれを排除しませんでした」


「特別地区?」

「天月では、特に優秀な子は英才教育を受けるために隔離されて育つのです。宗主や最高レベルの教師から特別教育を受けるためです。銀麗月カイさまも特別地区で宗主直々のご指導のもとでお育ちになりました」

「宗主直々とはすごいな。では、友レオンも?」


 サキの問いに、ヨヌは微妙に表情を翳らせた。

「それは何とも……。友レオンは宗主の庇護下におかれていたのですが、当時の宗主は天月少数派に属するお方。英才教育を施すのは天月多数派の博士たちです。子どもの頃はわからなかったのですが、いま思えば、友レオンはなかなか厳しい立場に置かれていたのではないでしょうか?」


「ふうむ……。で、あんたが友レオンがあの岩に立っていたと伝えた教師はどちらの派だったんだ?」

「多数派です。天月のほとんどの教師は多数派に属します。当時の老師さま――銀麗月カイさまの指導者となられた前宗主――の直系の弟子で、エルさまと言います。若くして修士になられた非常に優秀な方で、いまは宗主になっておられます」


「つかぬことを聞くが、銀麗月カイどのとそのエル宗主との関係はどうなんだ?」

「どうとは?」

「つまり、関係良好か?」


「良好というよりも、良好ではあるが緊張があるという関係です。それは、個人の問題ではなく、天月の構造的問題であって、緊張関係があるほうが良いとされます。

 銀麗月は、天月の行政には関われないことになっています。天月は宗主を置きますが、独裁を防ぐために評議会を中心とする集団指導体制をとります。

 一方、銀麗月は、天月の最高指導者であり、天月の正義・良心とされていますので、評議会の決定がない場合でも銀麗月の意思決定の方が優先されます。ゆえに、銀麗月はみだりに評議会や宗主を無視することはありません。

 銀麗月の最も重要な役割は、大きな視野で天月のあるべき方向性を示すことです。そして、最高の裁判官として、争いを鎮め、邪を正す権限をお持ちです。銀麗月としてかなり多額の予算権限もお持ちで、その範囲でさまざまな要望をお聴きになりますが、叙階や人事には関われず、外交権限もありません。ただ、天月が危機に陥った時には、銀麗月が最高司令官となります。宗主の失政を正すという意味があるからです。

 そのような意味で、銀麗月がいることは、天月士や天月領のすべてにとって非常に心強いのですが、宗主にとっては常に監視役がいることになりますから、なかなかやりづらいかもしれません。銀麗月カイさまが天月を離れてアカデメイアや櫻館におられるのは、ある意味では宗主へのご配慮でしょう。

 むろん、銀麗月ともなりますと自在に移動ができますし、さまざまな情報に自由にアクセスできますので、天月を離れていてもまったく支障ありません」


「なるほどなあ……。大統領と首相のような関係か……」

 さすが、カイが太鼓判を押しただけのことはある。

 ヨヌには鋭い観察眼があり、評価は公正だ。情報源としては貴重だ。


 夕方、一行は丁寧に礼を言って、天月を後にした。アイリがハッキング痕跡をすべて消し、役目を終えた金ゴキを指輪に回収したのは言うまでもない。

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