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月下の神殿――銀麗月と聖香華  作者: 藍 游
第十八章 広がる不穏
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ⅩⅧー4 密偵〈鷹〉

■タン国傭兵の絆

 キュロスは、タン国傭兵として何ができるかを考えていた。


 すでにシュウは自分の意思でこの戦いに参加することを決めてしまった。であれば、シュウの護衛として、シュウを守り切らねばならない。そして、シュウを守ることは、ウル舎村長への反逆にもなりうる。相当の覚悟と準備が必要だ。


 すでに隊長の地位を返上したキュロスには、タン国傭兵を組織的に使う権限はない。ただ、タン国傭兵の絆は一生涯切れない。王太子の遺命を果たすべく、世界を放浪していた折も、各地でタン国傭兵の世話になった。そして、タン国傭兵の諜報要員である「鷹」は、タン国傭兵であればだれでも使うことができる。


 キュロスは、「鷹」の中で古くから最も信頼していた人物に連絡をとった。

――どこで会うか?


 〈蓮華〉寮にした。風子もアイリも寮を出たが、ランチのためにキュロスは無人の寮を特別に借り切っている。寒い日や雨の日に寮の食堂でランチをとるためだ。キュロスが出入りしてもだれも不思議に思わない。キュロスは、子どもたちが授業で留守にしている間、「鷹」を招き入れ、相談することにした。


 キュロスランチが終わった昼下がり、子どもたちもサキも授業に向かった。入れ替わりにやってきたのは、キュロスより五歳ほど年上の男だった。ごく平凡な顔立ちの細身で冴えない中年男だった。スメンという名だ。シャンラの情勢に詳しい。


■タン国密偵〈鷹〉

「やあ、ひさしぶりだな」

 二人は懐かしそうに挨拶を交わした後、すぐに本題に入った。スメンは、キュロスがあらかじめ頼んでいた情報を手際よく整理しながら、説明していった。


 まず、ロアン王太子。王太子の死因は公式には遺伝病と発表されている。あの遺伝病の発症はほとんどが十五歳前後。発症すると二十歳前後で死去する。二十歳以降に発症したケースも多々あるが、その場合には死には至らないものの、廃人同様となる。二十歳前後で発症し、急性化した前例はなかった。だが、ロアンはそうしたレアケースだろうと主治医はキュロスに伝え、キュロスもそう信じてきた。

 しかし、スメンが改めて公式記録を確認すると、ロアン王太子は、十五歳頃に発症していたが、それに気づかなかったか、隠していたかだろうと記されていたという。主治医も、病気の進行具合から見て、発症後数年経っているとの所見にサインしている。

 それはおかしい。ロアンの律儀な性格からすれば、病気に気づかなかったり、隠したりすることは考えられない。主治医も、最期まで、ロアンに病気を隠していたかとか、気づかなかったかと尋ねたことはない。主治医として、ロアンを幼い時からずっと診てきたのだ。ささいな変化も見逃すはずがない。


 スメンは、さらには驚くべき情報をもたらした。ロアンの主治医ゲンは、ロアンが亡くなってまもなく辞職し、失踪したとか。ロアンの病を見逃したことの責任をとったからという。王室メンバーを担当する医師は、医術でも家柄でも品性でも選りすぐりの者だ。

 キュロスも顔見知りであったその主治医は、確かな技術を持ち、親切で、周りから慕われており、ロアンも信頼していた。主治医本人か、主治医の失踪に関わった人物が、ロアン王太子の死因記録を改竄した可能性がある。


 前例がない発症と記録するよりは、病を隠したとする方が、死因に疑問は持たれない。確かにあの病は、隠そうと思えば、隠せる病だからだ。

 この記録に疑問をもつとしたら、ただ一人、ロアンに最も近かった人物――キュロスだ。ひょっとしたら、主治医は、ロアンの死因を疑えとのメッセージをキュロスに残したのだろうか?


 キュロスは身震いした。そのように重大な情報に今の今までまったく気づかなかった。キュロスは、スメンに主治医の足取りを調べるよう依頼した。


 次に、シャンラ王国。

 サユミ女王とヨミ大神官との緊張関係はますます高まっているらしい。


 シャンラでは、ルナ大祭典を主導するのはサユミ女王だ。国王は女王には逆らわず、常に女王に味方する。一方、女王の大伯母であるヨミ大神官アーリーは、当初は個人的に女王を諫めていたが、女王が手に負えなくなったせいか、いまではかなり露骨に妨害行為をしているらしい。二人の間を、ジュリア首相が取り持っているとか。

 王室の重鎮である前女王キハは女王サユミの味方だ。前国王は病に伏し、治療に専念している。このため、前国王の弟で現国王の実父である王父ダムが王室の最重鎮となる。ダムは、その人柄と教養の高さから国民の尊敬を集めている。王父と王母は王宮に隣接する宮殿に居を構えるが、王父は亡き母女王の別邸を愛し、事実上はそこで一人で住んでいる。息子が国王になってからは隠居同然で、公の場に顔を出すことさえほとんどないという。王父が国政に口を出さぬ以上、王母も口を出せない。シャンラ王室を実質的に取り仕切っているのは、サユミ女王だった。


 シャンラ王国でキュロスをよく知り、キュロスもまた全幅の信頼を寄せてきたのは、故ロアン王太子の母であるキハ前女王と、王太子の叔父である王父ダムだ。王父ダムは、ロアン王太子が病に倒れたとき、必死になって医師や薬師を探した。ダムが最も期待したカトマール最高の薬師セイはすでに隠居し、行方はわからなくなっていた。その報告を受けたダムが落胆する姿をキュロスはそばで見ていた。

 これゆえ、キュロスは、ヤオが連れてきた老女がセイと知り、驚くと同時に安堵した。セイならば、レオンを助けることができるだろう……そう確信したからだ。


 最後に、ヨミの密偵〈影〉の動き。〈影〉は、あちこちに入り込んでいるようだ。

 スメンは、〈影〉の動きをかなり把握していた。稀なあの月蝕以来、〈影〉の動きが活発になっているらしい。どうやら、月蝕の夜に立ち上った〈気〉を探っているらしい。

 ただ、櫻館はカイが結界を張っているせいか、櫻館については「ルナ大祭典準備のための合宿」という以上のことは知られていないようだ。そのことを半ば公にしてレオンが行動し、合宿成果の進捗状況をラウ伯爵に適宜報告していることが、〈影〉たちの警戒を解いているらしい。有名作曲家である九鬼彪吾と子どもたちのプライバシーと身の安全を守るために櫻館の警備を厳重にしていることも隠されておらず、むしろ当然視された。


 スメンは、別の密偵の報告も持ってきた。舎村密偵〈蛇〉だ。〈蛇〉は、違法開発事件のことをさぐっているようだ。


 さらには、スメンをもってしても、まったく正体のわからない密偵が一人いるらしい。天月の「極秘事項」がヨミ大神官に漏れているらしいが、フェイクが仕込まれており、だれの密偵か、何のための密偵かがわからないという。キュロスは唸った。〈影〉のことは十分予測の範囲内だった。だが、〈蛇〉の意図が読めない。正体不明の密偵は、いっそう不気味だ。シュウを守るためにも、キュロスがなすべきことがいくつもあるようだ。


■ジェシンの勘

 見知らぬ女の櫻館訪問と、見知らぬ男の〈蓮華〉訪問は、すぐにイ・ジェシンに報告された。ジェシンの目が光った。

 このところ、彪吾拉致事件、レオン危篤事件と危ないことが続いている。橋の下のヤオは、どこからか妙な老女を連れてきて、レオンが回復した。老女は櫻館に居付いた。


――絶対に何かある! 何かが大きく動いている!

 ムトウが報告を持ってきた。橋の下の仲間たちが新たな情報を持ってきたという。違法開発事件の情報だった。

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