ⅩⅧー1 招かれた天月医師
■天月草の謎
櫻館にはセイの部屋が設けられた。セイはばあちゃんと一緒に調べ物に熱中している。
セイは、レオンから聞いた「腫れた内臓を癒やす天月草」を調べていた。サンプルはカムイが天月の崖から咥えて飛んできた。ウル遺跡の木片も九孤族擬薬の模倣品も調査中だ。
予想通り、薬と毒は表裏の関係にあった。初代銀麗月が書き残した通りに処理をすれば、天月草は万能に近い治療薬となる。傷がふさがり、腫れが引き、痛みが消える。しかし、十分な処理をしなければ、毒が残る。もっと言えば、内臓を腫らす毒薬になる。
レオンが初めて異能を発揮したのは八歳の時――。すぐに癒やし術を発動したため、子どもたちは大事に至らなかった。それから二年後、異能の発揮を禁じられたレオンがヨヌに与えた薬草は、レオンがきちんと手順通りに処理したものであった。その後、天月ホスピタルでも天月草の採取は行われていないという。生えている場所はカイとレオン以外だれも知らない。
――では、ヨヌ以外のあのときの子どもたちと天月宗主が亡くなったのは、何ゆえか?
ヨヌはマルゴの姪。不用意に情報が漏れるのは避けたい。みなが躊躇する中、カイが言った。
「天月士ヨヌとは以前に一度面談しましたが、私利私欲がなく、客観的にものごとを判断できる人物です。情報通ですが、不用意に噂を流すことがなく、周囲からも信頼されており、天月の中にも彼女を悪く言う者はいません。彼女に事情を聞くのが良いと思います」
――ズキン!
リトの胸に棘が刺さった。カイがそれほど見込む女性ヨヌとは何者だ?
カイが場を設定した。救急医兼脳外科医として世界的に著名な恭介にヨヌは憧れている。岬の上病院に勤務する碧海恭介と会い、救急医療の助言を得て欲しいとカイがヨヌに命じたのだ。
天月医師ヨヌは舞い上がった。救急医療の拡充というホスピタルの悲願が叶うのみならず、アメリカの学会で会って以来、憧れ続けた碧海恭介と面談できるなど、願ってもないチャンスだった。
ほどなくヨヌが櫻館にやってきた。
■櫻館のヨヌ
ヨヌは緊張していた。
櫻館があの有名な作曲家九鬼彪吾の私邸であるとは聞いていた(じつはヨヌも彪吾の大ファンだ)。もとホテルというだけあって広く、敷地もゆったりとしている。その一室に通されたヨヌは緊張の余り汗だくになっていた。
――早く来すぎたかも……。
上品な応接室であった。大きな窓からは庭の植栽がよく見える。静かな時間だ。
――ありゃ?
なにやら外が騒がしい。そっとドアを開けると、茶色い子イヌと白い小さな子ネコが広いロビーを走り回っていた。
「こらああ! まてえ!」
ドタドタと音がして、少女と少年がイヌとネコを追いかけてきた。イヌがドアの隙間を見つけて飛び込んできた。ネコがそれに続く。
――あわわ……。どうしたらいい?
あわてていると、誰かがドアを大きく開けた。見たこともないような美少年がいた。
「おまえ、だれだ?」
美少年が毒づくように尋ねた。
「いや……あやしい者ではない。アオミ先生を訪ねてきたのだ」
「へえ? あのクマプーを?」と言いながら、美少年はヨヌの脇をすり抜けて、ネコの捕獲にかかった。
クマプーっていったい何のこと? ヨヌには見当もつかない。
続いて、またもや驚くほどの美少女が駆け込んできた。
「おい、オロ! モモはどこだ?」
「知るかよ。勝手に探せ」
オロと呼ばれた少年は小さなネコを抱き上げて、ドアを背にした。そのとたん、幼い子どもの大きな声が響いた。
「オロおにいちゃあああん!」
オロはその幼女に白い子ネコを差し出した。
「ほれ、ミミを抱いてろ!」
「ミミちゃあああん!」
幼女がミミという名の子ネコを抱きしめてその場に座り込んだ。
「邪魔だ! どけ!」
美少女が幼女に怒鳴ると、幼女が美少女を睨んだ。
「イヤ! どかないもん! いっしょにあそんでくれるやくそくだったよう!」
幼女が泣きべそをかき始めた。美少女が困ったように、向こうの少女と少年に助けを求めた。
「おい、コイツを頼む。例のファミリーごっこをしてやれ!」
それを聞いた途端、幼女が満面の笑顔になって、子ネコを抱いたまま、少年と少女の許に駆け寄った。
「シュウおにいちゃああん、フウコおねええちゃああん、いっしょにおえかきしようよう!」
そのスキを突いて、美少女は片隅にいた子イヌを抱きかかえ、ヨヌをじろりと睨んで部屋を出て行った。
――何が何だかわからない。
ともかく、この櫻館には何人もの子どもがいるようだ。すると、向こうで老女二人がなにやら激論を交わしながら部屋に消えた。え? 年寄りもいるのか?
さらに見ていると、さきほどの幼女が妙に色っぽい女性に近寄り、そのそばに大男がいて、幼女を肩車した。彼らが少年少女とともに庭に出て行くのと入れ替わりのように、二人の美青年が姿を現した。
――うわあああ!
憧れの九鬼彪吾だ。隣は、忘れもしない人物――ラウ伯爵の筆頭秘書レオン。この前、アカデメイア附属病院との交流会で見かけた。そのとき、友レオンにとても似ている気がして驚いたが、ヒラの天月医師が近寄れる相手ではない。彼はラウ伯爵の遠縁だとか……友レオンではないのか。がっかりした。
二人は楽しそうにしゃべりながら回り階段を上がっていった。
そして、ようやく銀麗月が姿を現した。隣の美青年は、初めて見る顔だ。
なんだか、ちょっと睨まれているような……気のせいか?
銀麗月はラフな普段着で、この前会ったときの正装とはがらりと印象が違う。美麗なのは変わらないが、雰囲気が柔らかい。彼らの後ろに恭介と丸顔の初老の男がいた。最後に来たのが、バリバリの体育会系美女と先ほど見かけた老女二人だった。
「やあ、早かったですね。待たせてしまいましたか?」
「いえ……。わたしが早く来すぎたせいです。申し訳ございませんでした」
ヨヌはまた面食らった。銀麗月が……あの銀麗月が、こんなにフランクに、しかもじかに話しかけてくれるなんて!
大きな丸テーブルを囲み、面々が腰掛けた。
碧海恭介、その叔父で医師の虚空、薬師という二人の老女とその補助者の女性。そして、銀麗月カイと侍従カムイ、カイの友人という顔ぶれだった。ツネさんがとっておきのデザートをこしらえて持ってきてくれた。
恭介は、天月ホスピタルの現状を確認した。いずれ現場を見たいと言う。ヨヌは大喜びでそれを承諾した。また、恭介は岬の上病院での救急医療を見学することをヨヌに提案した。これも断るはずがない。ヨヌはまたもや大喜びで頷いた。
やがて、薬草の話になった。カイが、ヨヌを救った薬草と亡くなったヨヌの友だちの話に巧みに誘導していく。




