Ⅲー1 地下の迷宮
■アイリとオロ
アイリのパソコンルームが騒がしい。
「ヘタクソ!」
「なにおう?」
「もっと右だろうが!」
「やってるぞ!」
「行き過ぎだっ!」
数週間前に〈蓮華〉寮で起こっていたのと同じことが、櫻館でも繰り返されている。どうやら、リトに新しいミッションを与えられ、張り切るオロとオロに負けたくないアイリが競い合っているらしい。遺跡の絵を3D(三次元)で再現しようとしている。
ケンカをしているわりには、どんどん作業が進んでいる。半日後、二人は成果をリトに届けた。
さすがに頑張りすぎて疲れたようだ。ツネさんがおいしいケーキを用意していた。データを届けた二人は、一目散にティールームに駆けていった。ここでも競争している。ティールームでは、すでに風子とリクとシュウがおいしそうにケーキをほおばっていた。
オロとアイリがほぼ同時にテーブルに着くや、キュロスが紅茶を用意した。働いた二人には特別にケーキが二個ついている。風子がうらやましそうにこれを見た。
えへん!
二人ともちょっと自慢げだ。アイリはチョコレートケーキから、オロは生クリームたっぷりのイチゴショートから食べ始めた。
リトとカイはさっそく分析に入った。〈銀麗月〉カイの力をもってしても絵の3D構築には数日かかる見込みだった。だが、あの二人は数時間でやってのける。いったいどういう頭をしているのか?
二つの絵を比べると、舎村の絵には、石棺の絵にはない線がいくつか存在する。ルナ神殿の絵と比べると、神殿絵と同じなのは、石棺の絵のほうだ。これはいったい何を意味するのだろう?
いくつかの可能性がある。
その一。それぞれの石棺も絵も本物で、絵は異なるメッセージを意味する。二つの石棺はもともとあの島の別の場所にあり、一つが残され、もう一つが舎村に運ばれた。
その二。石棺はもともと一つで、いずれかが偽造である。偽造をわざわざ舎村に運び込んで管理する必要はないだろうから、舎村石棺が本物であり、島石棺が偽造である。
その三。舎村石棺の絵はフェイクである。
どれが正しいかを確認しなければ、判断のしようがない。島のどこかに知られざる本物のルナ遺跡がある可能性は高い。こんなとき役に立つのはだれだ?
■ジェシンの探検ごっこ
サキ姉は、「無能弁護士」イ・ジェシンを呼び出した。ほんとうはケイに頼みたかったが、手元不如意だ。金づるのジェシン付きを我慢するしかなかろう。
「島には、本物のルナ遺跡があるかもしれない。舎村関係者に知られぬように、秘密に調べることはできないか?」
ジェシンは大喜びした。探偵ごっこどころか、探検ごっこまでできるぞ!
橋の下の仲間たちが総動員された。
「報酬はたっぷりはずむよ」
ジェシンがサキ先生の命令だと言うと、いつもは出し渋る金庫番ムトウがササッと金を用意した。
島では、村がなくなってから、共有地であった山は荒れ放題だ。職のない無宿者が、金目のものを探してうろついても不審がられまい。島には松茸も生えるし、めずらしい茸もある。だれも採りにいかないのは、遺跡と橋があるところ以外は、急な斜面が多く、木も生い茂っていて、足場が悪く危険だからだ。
一週間後、朗報がもたらされた。橋とは反対側の斜面に穴があり、降りていくと広い洞窟があったという。ただ、かなり危険な場所らしい。例の元警官ケイが見つけた。
翌日、ケイの案内で、サキとカイ、リト、カムイが島に向かった。ジェシンもついていくと言い張った。禁じたところで、どうせこっそり後をつけるのがオチだ。そっちのほうが危ない。サキは目立たない格好で来いと厳しい条件をつけて参加を許可した。
当日、ジェシン本人は十分に地味にしたつもりだったが、やっぱり派手で場違いだった。探検ものとして大ヒットしたハリウッド作品の主人公を真似したようだ。
サキが額を抑えた。
「おまえ、いったいどこにいくつもりだ? 険しい獣道を歩くんだぞ。そんなに胸をはだけてどうするんだ? だいたい、銃もでかい刀も、この国では銃刀法違反だぞ。おまけに、そんな革靴ではすべるぞ。わたしは助けないからな!」
どんなに警告されても、どこ吹く風。ジェシンはいつも遠足気分だ。
「銃も刀も本物じゃないから大丈夫!」
「お……おまえなあ」
(よけいまずいだろう。戦えない武器をもってどうする?)
「まったくもう……これだから、お坊ちゃんは困るんだ!」
サキは吐き捨てるように言った。
ケイがそっとささやいた。
(大丈夫です。彼のことはわたしがなんとかします)
案の定、どれほども行かないうちにジェシンがすってんころりと転んで斜面にズリ落ちた。ケイが念のため、ジェシンに腰紐を着けていたので助かった。ジェシンはケイが準備していた登山靴に履き替えた。サキの命令で、ハットとフェイク武器と高級な革製ブーツは木に括り付けられた。
「放り投げたいところだが、ゴミは厳禁だ。帰りに自分できちんと回収しろ!」
ジェシンは涙目で頷いた。ジェシンはケイが用意していたフード付きの防水ジャンパーをスッポリ頭からかぶせられ、自慢の服まで見えなくなった。命の恩人のすることには逆らえない。ジェシンはしおしおとケイに従った。
■神秘の洞窟
遺跡から三時間ほど歩いた場所にその穴があった。ずいぶん深く、気づかずに落ちれば、這い上がるのは至難だ。
ケイは、周囲の太い木に数本のロープを縛り付けた。ロープにはいくつか結び目が作られており、それが滑り止めの足場になる。ケイは各人の腰にロープを巻き付け、まずは自分から下へと降りていった。最後に残ったリトとカイは軽功を使って、穴の側面を軽く足で蹴りながら、軽々と下に飛び降りた。カムイはカラスになって舞い降りる。
ジェシンとケイがビックリしてポカンと口を開けた。ジェシンの口の中に、小さな土塊が落ちた。
サキがケイに言った。
「天月修士と雲龍九孤族だ。驚くにはあたらない」
もってきた水筒で口をゆすいでいるジェシンのそばで、ケイは納得した表情を見せた。
カイが灯をともした。洞窟のあちこちが明るくなった。たしかに広かった。見事な鍾乳洞だ。岩の間を水が流れている。空気はひんやりとしている。わずかだが、空気に流れがあるようだ。どこか外につながっているのだろう。リトを先頭にみなは歩き始めた。リトは夜目が利くだけでなく、遠目も効く。カイがリトにそっと言った。
(無理をしてはいけない)
リトが異能を発揮しないように注意しているのだ。
しばらく進むとさらに広い空間に出た。みなが息を呑んだ。
言葉にだすのがためらわれるほど、荘厳で、神秘的な光景だった。
正面には台座のような石がある。石棺が置かれていたのだろう。四角い浅いくぼみが残っていた。カイとリトは顔を見合わせた。
改めて周囲を見回すと、見事な石柱が立ち並ぶ。明らかに祭壇のように加工されていた。正面には絵が彫られていた。鍾乳洞では石灰岩が百年で一センチ成長する。もはや鮮明な絵ではなかったが、丸く描かれた絵は、ルナ神殿に描かれた紋様に近い。リトはできるだけ詳細な写真を何枚も撮った。父が撮っていたように……。
横には水面が広がっていた。かなり深そうだ。地底湖だろう。向こうの壁には風が吹いてくる隙間があったが、人が通れるほど広くはない。
これ以上は進めない。一行は引き返すことにした。
振り返ったケイが真っ青になった。似たような通路が三つほど開かれている。いったいどれが来た道だ? カムイが飛んでいった。三つすべてを確認したあと、カムイは動転した様子でカイの許に戻ってきた。
カムイの報告を受けたカイが静かに言った。
「われわれは閉じ込められたようです」
「え?」
サキが驚いた。カイが静かに続けた。
「迷宮です。この洞窟では時空が歪むようです」
リトがビックリして思わず大声を上げた。
「じゃ、〈閉ざされた園〉と同じってこと?」
カイは静かに思案をめぐらせていた。
「いや……〈園〉ではない。ひょっとしたら珊瑚宮につながる空間かもしれない」
「龍族!」
カイとリトとサキの話題についていけないケイとジェシンは呆然とした。だが、その後の態度はまるで違う。ケイはじっと動かずに目で慎重に周囲を観察し始めた。ジェシンはわめきはじめると思いきや、そうではなく、ケイが背負っていたリュックを開き、非常用の食品を確認しはじめた。
「節約したら、三日分の食料と水はあるよ!」
サキはジェシンの意外に冷静な行動にやや面食らいながらも頷いた。
「どうだ? カイ修士。その間に手を打てそうか?」
「やってみましょう。みなさんはここを離れないようにしてください。体力も消耗しないように。リト、一緒にきてくれ」
「わかった!」
カイとリトは通路の奥に消えた。リトの腰には紐をつけ、その端はケイに結ばれている。
(正真正銘のサバイバルだ……。貴重な水なのに、さっき口をゆすいでしまった……)
ジェシンは、半ば涙目で、手にしたリュックをギュッと握った。
鍾乳洞の気温はこのあたりの平均気温並みに安定している。寒くないことが救いだった。カイが残していった灯火は燃料もないのにずっと煌々(こうこう)と周囲を照らしている。
――動かず、しゃべらず。サキの監視下で、ジェシンはひたすら縮こまった。……だが、続かない。
ジェシンはのそのそと這い出て、水面に向かって叫んだ。
「だれかああ! ボクたちを助けてよう!」
ジェシンの声が洞窟中にこだました。サキはジェシンの頭をパシンとはたいた。
「ドアホッ! 舎村の連中にバレたらどうする気だ? 助かっても、消されるぞ」
ジェシンはブルブルと震えた。この探検は、そんな生やさしいものじゃなかったんだ!
ジェシンは思わず水に顔をつけ、水の中で声を出した。
(助けてよう!)
声は小さな泡となってブクブクと水面に浮いた。水は透明な真水で、水の中は驚くほど美しかった。
〈蓮華〉図書館のときと似たような経験だ。あの時は「時空の歪み」に喰われないように、二人で手を取り、必死で逃げた。今回は、「時空の歪み」に向かって進み、あたかも挑戦しているような構図だ。カイがあえてそうする以上、何かの考えがあるのだろう。リトはカイを信じた。
「リト、紐をはずせ。行くぞ!」
手をつないだ二人の姿がフッと消え、紐だけが残された。